6-93【帝国精鋭部隊2】



◇帝国精鋭部隊2◇


 歩く女神と、従者のように付かず離れずの少女。

 ふと……女神は口にする。


「あれ?そう言えば……ゼクスはどこですか?」


 ひょんなことから口にした、その男性と見られる名前。

 その名を聞いて、後ろを歩いていたライネ・ゾルタールはため息をきそうになるのをこらえて言う。


 そうである。

 本来ならば、ライネの隣にもう一人いるのが普通なのだ。


「……あの方は遊びに行っています。たいそうオモテになるそうなので、きっとどこぞの名も知れぬお方と逢瀬おうせを楽しんでいるのでは?」


「あらあら、そうですか。目を離すといつもそうですね、あの子は。まぁでも、肌を重ねるのは良い事です……でしょう?」


「し、知りません。興味もないですし」


 歩きながらそっぽを向く緑髪の少女。


「うぅ……わたくし女神なのに、どうしてそうライネは冷たいのですかぁ~??」


 身体を左右に揺らしながら、エリアルレーネは拗ねるように言う。

 少しの苛立いらだちを感じながらも、ライネは正論を突き付ける。


「貴女様が自由気まま過ぎるからです。少しは私たちの気にもなっていただければ、お気持ちも考えてもよろしいんですけどね。しかもなんですか、またあんな汚い所に寄って……皇帝陛下に、また出入りを禁止されますよ?」


 ライネ・ゾルタールは、この【女神エリアルレーネ】の護衛だ。

 天才剣士と呼ばれながら、その仕事はほぼ子守りと同義。

 自由で、しかも先程の発言のように性にも寛容かんよう

 そもそも人間と女神では、性の価値観など大きく違うのだろうが。


「えぇ~……わたくし、ショックです。バルザックはそこまで厳しくありませんよ?皇帝と言っても、まだまだお子様ですからね♪」


「め、女神様からすればそうでしょうね。皇帝陛下をお名前で……しかも呼び捨てに出来るのなんて、この国ではエリアルレーネ様くらいのものです」


「うふふ、でしょう?」


 ガックリと項垂うなだれたい気分のライネだったが、そこに。


「――お。いたいた……おーい、ライネ!エリアルレーネ様っ!」


 聞こえて来た声に、エリアルレーネは。


「あ!!ゼクスではありませんか~!また女性と遊んでいたんですって?今回はどのようなお相手だったのですか?」


「は、はい?いったいなにを言って――って!!お前かライネ!変なことをエリアルレーネ様に吹き込むな!僕は……い、いや。なんでもない」


 顔を赤くしながら、その青年は女神を見る。

 青年……ゼクス・ファルゼラシィは、初心うぶである。

 ライネが言ったような、遊びなど一切していないのだから。


「ええ?そうなのですか?いつもいなくなっているので、ライネの言う通りに遊びまくっているのかと……わたくしを好きと仰っていたのに♪」


「――わ、わぁぁぁぁぁぁ!!」


 赤面ダッシュ。

 もう、部隊中で周知の事実だと言うのに、ゼクス・ファルゼラシィは毎回こうだ。


「行っちゃいましたね♪」


「そうやってゼクスさんをからかって、一人になっては自由を謳歌おうかするんですね、なるほど分かりました」


「あ」


 笑顔が一変、凍り付いたように表情筋を殺すエリアルレーネ。

 そう……それがエリアルレーネが、護衛である青年の注意を散漫さんまんにさせる方法なのだ。


「さぁ、行きましょうか。ユキナリのボケナスが帰城きじょうしているでしょう」


「え、ええぇん……ライネぇぇ……ひどいですよ~!」


 もう安全圏だと、ライネはスタスタとエリアルレーネを置いて行ってしまう。


「泣きまねはいいので帰りましょう」


「……もう、つまんないですね……あ。じゃあこれは捨ててください」


 エリアルレーネが言うそれは、下町で貰った像だった。

 ゴミとほこりで汚れ、臭いを放つもの。


「そうするのなら受け取らないでくださいよ……」


 非情ともとれる女神の行動だが。

 慣れたように、ライネはゴミ箱にそれを捨てる。


 バゴン――


「うふふ……それを受け取る運命は、わたくしには無かったものですから」


 決定づけられたもの、運命。

 それに従い司る者……それがエリアルレーネだ。

 それが運命なのならば、迷わず捨て去る事が出来る……それが例え、仲間であろうとも。


 その思考こそが、【女神エリアルレーネ】の本質だ。

 あの像が受け取られる運命ならば、当然持ち帰る……だがエリアルレーネは知っている、あの像を受け取る運命は、自分にはない事を。


「分かってます、案外冷たい女神さまですからね……エリアルレーネ様は」


ひどいですね~、受け取る運命なら受け取りますよ?」


 既に、長い帝国歴史の中で……捨て去り切り捨ててきた。

 多くの転生者であろうとも、それが運命ならばと。


「……――か、可憐だ……エリアルレーネ様っ」


 城に戻るそんな二人の様子を、逃げ出したはずのゼクス・ファルゼラシィが覗いていた。柱の陰から、まるでストーカーのように、こっそりと。

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