6-91【季節は冬へ】



◇季節は冬へ◇


 ミーティアとの話を終え、俺は男子寮へ戻った。

 中々にヘビーな話だと、個人的には思ったけど……でも、その話は続けないといけない。


 クラウ姉さんが、どんな人生を歩んだ転生者なのか。

 どんな前世だったのか……俺を、前世の俺を知っているのか。

 武邑たけむらみおのちっぽけな人生を知っている人物なんて、俺には心当たりすらないんだからな。


「ティアと、もっと普通の話……したかったな……」


 ベッドに腰掛けて、若干へこむ。

 普通か、自分で言ってて……改めて思うな。普通ってなんだ?


 普通の友人?普通の恋人?普通の姉弟?普通の幼馴染?

 ははは……なにを言ってんだろうな、俺は。


「ここは……異世界だぞ。ADVゲームじゃないんだ……恋愛シミュレーションだなんて誰が言った?」


 自分に言い聞かせるように、静かに声を出して……少しだけ落ち着く。


「違うよな。ああ、違うさ……誰かが言った訳じゃない、決められてなんかいない。俺が決めるんだ……クラウ姉さんが言ったように、俺が主役の、俺の物語で……」


 立ち上がり、キッチンへ。

 珈琲コーヒーれよう……考えたい時はブラックコーヒー、俺の中では相場が決まっている。


 キッチンへ行くと、朝にもれた珈琲コーヒーのカップが、そのまま放置されている。

 俺が洗うんだもんな……当然か。


「……ああそうか……一人暮らしの部屋、思い出したんだ」


 前世で高校の時から住んでいた、ボロアパート。

 田舎から出て来て、一人で住み始めた自分の城。

 自分一人の、寂しい部屋。


「……なるほどね。こりゃあ寂しいわ」


 ド田舎で優しい家族と暮らすことで忘れていた。

 親元を離れて寮に入っても、ミーティアがいた事で思い出さなかった。

 そんな気持ち。前世では当たり前のように思っていた……一人という現実。


「――幸せだな、俺」


 戦いがあったとしても、苦悩や困難があったとしても。

 そばにいてくれる誰かがいて、守ってくれて、愛してくれる。

 前世では経験出来なかった“幸福”と言う現象が……とても、ありがたいものだと、再認識した。


「守るさ……俺が」


 ぼそりとつぶやき、カップを洗い始める。

 問題はまだまだ山積みだ……アイズやアイシアの事、ミーティアの事、クラウ姉さんの事、ユキナリの馬鹿の事。

 イリアやジルさん、ジェイルの事。二年の先輩たちだって気にかかる。

 全部が全部、自分でやれると思うほど自惚うぬぼれちゃいないが……アイズにも言われた「守ってあげなさい」……その言葉が、頭から離れない。


「守る……絶対に、俺が。アイシアの人生も、ティアの夢も……アイズの命も」


 言い聞かせるように、一人……呪いのようにつぶやくその言葉を、俺は。

 身体に、心に、沁み込ませていくのだった。

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