サイドストーリー5-4【オッサンと半端な子2】



◇オッサンと半端な子イリア2◇


 その報告が届いたのは……彼女が子を産み、十二年。

 今から約五年前、クレザースの夫婦が命を落とす……一年前の出来事だった。


 A級冒険者としての活躍なんて、小鳥のさえずりのような価値しかないオレの収入源だが、主な収入は魔物図書のちっぽけな入館料金と……魔物に関する本を出した分の利益くらいなもんだ。

 そんなオレでも、裏に近い所で活動している奴からの情報を得る時もある。

 まぁグレーな奴らだが、闇認定されていないだけマシと言った奴だ。


 その一人の名は、マクレーン・クレッサー。

 グレーゾーンで活動している情報屋だ。


 そいつからもたらされた情報は、非常にきな臭いものだった。

 どこぞの子爵貴族が、闇ギルド【常闇の者イーガス】を使って……魔物を用意したと言ううわさを耳にしたのだ。

 王族に忠誠を誓う貴族が、闇ギルドに関わっている……それだけでも結構な情報だが、その大本がクレザース家だと言われれば、否が応でも気にかかる。


 しかも、【常闇の者イーガス】をやとった理由が……息子夫婦を害する為、そう言われてはな。

 オレは、急いでキリィに連絡を取ったさ……幸いにも、レダナ・クレザースとも話す事が出来た。


 しかし、その連絡は途中で止まってしまった。


 連絡を取り合って数日、ふみを送って以降、一切の連絡を取れなくなったのだ。

 【ステラダ】の富裕層に屋敷を持っている事は有名だ、だからオレは直接会いに行ったが……当然、門前払いだ。

 何度も何度も、あらゆる手を使おうとしたが……妨害された。

 そして何も出来ない状況に、月日はドンドン流れていき……そして、その悲劇は起きてしまった。


 【ステラダ】の郊外こうがいに、魔物出現……しかも、本来【ステラダ】付近では見ないような魔物の数だと、【ギルド】から依頼が出された。

 しかし、大規模な遠征があり……当時【ステラダ】には冒険者が少なかったんだ。

 少ない人数で現場に向かったが、時既に遅し……獅子型の魔物【ガルノレオ】の大群が……一台の馬車を取り囲んでいた。

 いや、もう既に馬車は転倒し、倒れていたのは貴族の男性。


 転がっていた馬車の前に立つのは、エルフの女性。

 メイド服を着て、馬車の前に立ちふさがる彼女が……キリィだったと気付くのも直ぐだ。

 彼女は両手を広げ、風の魔法で数体の【ガルノレオ】を倒していたが……魔力が切れたのと、何かを守ろうとしていたのか……一切動くことは無かった。


 そして、オレたち冒険者が現場に着いたのとほぼ同時に……レダナ・クレザースの夫人、キリィ・レイズ・ヴィタールは……その頭部を。


 最後の瞬間、風に乗って声が聞こえた。

 彼女が魔法で……伝言を残したんだ。


『誰でもいい……娘を、お願い』


 その言葉で、彼女が何故なぜその場を動かなかったのかが分かった。

 馬車の中に……娘さん、キルネイリアが残されていたんだ。


 グシャリ――と、キリィが【ガルノレオ】に喰われたのを目撃したオレたち数人の冒険者は、その遺言を聞いた途端とたんに動き出した。

 しかし……【ガルノレオ】は異常な反応を示し、進化をしたのだ。


 強大な魔力の増幅、筋肉の異常発達……大きさを変え、姿を変え。

 その魔物は……残されたキリィの全身を嚙砕かみくだき、飲んだ。


 冒険者として、かつての仲間として……彼女の遺言を叶えなければ。

 それはオレ以外の冒険者たちも同じだった。

 必死に、進化した魔物を討伐する為……やっきになった。

 しかし、【ガルノレオ】が進化した魔物、のちの【アルキレシィ】は、異常な強さだった。

 魔法や道具を惜しみなく使い、全員が魔力切れで戦えなくなるまで、その攻防は続き、ようやく……その魔物を追い払う事が出来たのだ。

 いや、追い払う事しか出来なかったのか。


 そして、タイミング良くクレザース家の面々が、王国の騎士団を連れてやって来た。

 オレは何も出来ないまま、その後始末を見るしか出来なかった。

 馬車から連れ出される、泣きじゃくる女の子……キリィの娘。

 進化した【ガルノレオ】は、騎士団と残った冒険者が追いかけて、【ハバン洞穴】へ閉じ込めた……それが、オレが知る事の顛末てんまつだ。




 と……言う事を、オレは二人に話した。


「……そう、だったのか」


「グレンさんは……母とお仲間、だったのですね」


「ああ。だが、守れなかった……あの後も、君の成長を何度か確かめたが。すまんな、情けないが……耐えられなかった」


「いえ……」


 キルネイリアは首を横に振る。

 オレの思いを汲んでくれているのか。

 本当に、境遇に負けない強い精神を持った子に育ったな。


「オッサン、その……」


 ミオガキ、余計なお世話――と、言ってやりたかったが。

 不思議だな。随分と気持ちが楽になったよ。


「グレンさん……当時の事を教えて頂き、ありがとうございます」


 キルネイリアはオレに頭を下げた。

 恨み節の一つでも言われると考えていたが……本当に……この子は。


「いや、礼なんていいさ。オレたち冒険者がもっとうまく立ち回れれば……と、何度悔いたか」


「……あの、グレンさんは……母を名で呼んでいたのですか?」


「ん?……あ、ああ……仲間だからな」


 どうしたんだ、急にそんな事を言って。

 キルネイリアは、少し考えるような仕草をし……そして。


「では、私のことはイリアと……そう呼んでください。仲間……として」


 どうして、そんな事を言えるのか。

 かつての彼女と同じような笑顔で、そう言う少女。

 境遇に負けず、血に負けず……自分の運命に立ち向かうこの半端な子を、応援してやりたい……今なら分かる。


「――分かった、イリア……そう呼ばせてもらうさ」


 オレが出来なかった事に、悔いた事に。

 この若者たちは立ち向かうのだ……何があろうとも、絶対に。

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