エピローグ5-1【仇討の後】



仇討あだうちの後◇


「……ミオガキ」


 グレンのオッサンが、ロッド先輩の肩を貸してもらいながら歩んでくる。

 足引きずってるじゃん。


「オッサン。終わったよ」


「見りゃわかる……ミオガキ、お前」


 分かってる……オッサンは俺とクラウ姉さんの強さに違和感を覚えたはずだ。

 A級冒険者だと、自分が一番最年長で一番実力がある……そう思っていた筈だからな。

 簡潔的に言えば、オッサンは何もしていない……ただの保護者だ。


「【アルキレシィ】も弱ってたし、オッサンの言う通り夏に弱ってたんだな……俺とクラウ姉さんでも戦えたんだし、オッサンが本気で戦えば勝てたんじゃないか?」


「お前なぁ……んな訳」


 あきれかえって手で顔をおおうオッサン。

 分かってるよ。無理なんだろ……普通は。


「スクルーズ弟……キルネイリアにかたきを討たせてくれて、感謝する……【アルキレシィ】は……俺のかたきでも、あったからな」


「あ、そうか……お兄さん、なんですもんね」


「ああ。兄と……義姉だ」


 イリアの後姿を見ながら、感慨深そうにうなずく。


「ミオっ!」


「……ミーティア、クラウ姉さん……平気か?」


 俺はクラウ姉さんに任せて、イリアのもとに行ったからな。

 いざ解決すると、申し訳ない気持ちになってしまった。


「ええ。魔力がきついけれど……グレンさんとロッド先輩よりは平気よ」


「うん、私も……ほとんど何もしてないしね」


 そっか……無事ならいいよ。


「疲れたな……」


「そうね」


「うん」


 俺とクラウ姉さんは座り込む。

 ここからは少し、イリアの気持ちが落ち着くまで待とう。


「クラウ姉さん、コート着直しなよ。帰りはまた寒いよ?」


「そんな事は……あるわね」


 そう言って直ぐに立ち上がって、脱ぎ捨てたコートを拾いに行った。

 ちょっとフラフラだな……俺もだけど。


「ねぇミオ……私、何も出来なくて」


 隣に立っているミーティア。

 座らないのは……何故なぜだ?


「……そんな事はないって。イリアを守ってくれただろ?クラウ姉さんに援護もしてくれたし」


「……でも」


 悔しそうに下唇を嚙む。

 その視線の先は、イリアの背だ。


「……」


 そうか……最後の瞬間の事か。

 ミーティアは悲鳴を上げた……恐怖におびえて。


 一方でイリアは、おびえることなく立ち向かった。

 剣を構え、ミーティアをかばい……闘志を以って復讐ふくしゅうを果たした。

 比較ひかくしてしまったんだな、自分と。


「……強くなりたい。二人の隣に、立てるくらいに」


「……」


 なれるさ……と、簡単には言えない。

 無責任にそんな事を言えないのが……転生者なんだ。


 そして……【アルキレシィ】の亡骸なきがらの前で立ち尽くすイリアも。

 ゆっくりと涙をぬぐい、振り返り俺たちもとへ歩いてくる。


「皆さん。本当に……ありがとうございました」


 俺たち全員に、深々と頭を下げるイリア。

 クラウ姉さんはまだコートを取りに行ったままだけど、まぁ聞こえてるだろ。


「私は、皆さんのおかげで……両親のかたきを討つ事が出来ました。絶対に無理だと、諦めろと沢山の人に言われて。でも……諦めないでよかった」


「……」


 そうなんだろうな……両親を亡くしてからの数年は、きっと辛かっただろう。

 ロッド先輩の無言が、それを物語ってる。


「グレンさん……依頼を出していただき、ありがとうございます」


「お、おう……なにもしてやれてねぇけどな」


 そんな事はない。

 この依頼を出してくれなければ、そもそも成し遂げは出来なかったのだから。


「そんな事ないですっ、グレンさんのおかげで……父と母の無念を晴らす事が出来たんです。本当に、感謝しています」


 グレンのオッサンに対して、イリアは改めて礼を言う。

 オッサンも悪い気はしないだろ……何せ、ご両親とは知り合いだったんだからな。


「お……おう」


 髪をボリボリと搔きながら、そっぽを向くオッサン。

 照れんなよ、いい年して。


「ロッド坊ちゃん……我儘わがままを言って、こんな我儘わがままを叶えてくれて、ありがとうございます……これで、冒険者に悔いはありません」


「……」


 イリアは、冒険者学校を辞めるつもりなのか。

 そう言えば言ってたな……このまま行けば、試験には間に合わないと。

 黙っていても、夏終わりの試験で不合格になる……そもそもそれまでにケリを付けたかったんだもんな。


「……坊ちゃん?」


 ロッド先輩は、何か深く考えるように……言う。


「試験は受けろ……最後まで、やりきれ。お前は……クレザースの人間なんだ。例え半端な血筋でも、母の姓を名乗っていても……な」


「……坊ちゃん」


 ロッド先輩はもしかして、クレザース家を変えるつもりなのか。

 今後、どのようにするかは……貴族に詳しくない俺には分からないが、見ものではある。


「……はい、頑張ります。そして、ミーティア……それにミオとクラウ」


「ええ……」

「ああ」


「……うん」


 あ、クラウ姉さんが戻って来た。


「お三方には、随分と迷惑をおかけしました……このお礼は必ず、何らかの形で」


 そんなの、別にいいのに。

 返礼が欲しくてやった訳じゃない……俺もミーティアも、クラウ姉さんだってきっと。

 でも……言うべきなんだろうな、関係を断ちたい訳じゃない……これから先も、友人でいたいからな。


「――なら、先ずはしっかり他の依頼をこなして、秋冬も一年生でいられるようにしないとなっ」


「ええ!そうね」


「――努力しなさいイリア。せめて一緒に、二年生にはならないとね」


「……あはは……はい、努めます」


 笑顔でそう言うイリア。

 不思議と、笑顔が自然な物に見えた。

 心から笑っているような、そんな感じだ……


「よっしゃ、それじゃあ……帰る――」


 しかし、そこで俺は気付いてしまう。

 亜獣とはいえ、この世界の魔物であるはずの【アルキレシィ】……その遺体が、魔力に帰らず、そのまま残っている事に。


「……ミオ?」


「なんで、【アルキレシィ】は【魔力溜まりゾーン】に帰らないんだ……?」


「「「!」」」


「……そういやぁそうだ。亜獣とはいえ、死ねば【魔力溜まりゾーン】に帰るに決まってる」


 オッサンが言う。

 そうして【アルキレシィ】の亡骸に近付こうとした瞬間。


 魔力――!!この魔力……まさか!!


「――オッサン離れろっ。あの馬鹿・・・・だっ!!」


 その強烈な魔力は……突如として亡骸の真下から、現れた。

 この場に先に来ていた筈であり、しかし姿を消していた……あの男の魔力だった。

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