5-71【眠れなかった】



◇眠れなかった◇


 各々おのおのがその日の夜を過ごしただろう。

 一人外をながめる者、愛しい人と抱き合う者。


 そして……眠れぬ夜を過ごした者がもう一人。

 その人物は学生寮で、ギンギンにさえた目を扉に向けていた。


「……来ねぇじゃん」


 少年の背に、朝日が直撃する。

 窓から差し込む陽射しは非常に熱く、もうすぐ夏だという事が実感できた。


 正直暑い……がしかし、それが苦にならないくらい……待ち人が来ない事の方が辛かった。


「――!!ま、まさか……家でなんかあったのか?」


 ミオは、ミーティアが実家に帰っている事を知っているし、実際に何度か帰っている事も事実分かっている……それでも、今回は何故なぜかまる一日帰ってこなかった。

 それが、無性に心配になっていたのだ。


「……」


 右往左往うおうさおうするミオ。

 心配はいらないと、以前も本人から言われている。

 大体の場合、ミーティアはその日の夜には帰って来ていたのだ。

 それなのに、今日……昨日は帰ってこなかった。


「……くそっ……こ、子供か、俺は!」


 まさか心配で一睡いっすいも出来ないとは、これでは笑われてしまう。


『……』


 【叡智えいち】さんこと、ウィズは何も言わない。

 せまい部屋の中、行ったり来たりするご主人様の哀愁あいしゅうは、とても十代の少年の物とは思えないほどの悲しさだった。


 ウィズは、ミオの精神の中で単独起動をしている。

 様々な演算えんざんや情報の整理、眠っている能力の解明……etc.エトセトラ

 そして、ご主人様であるミオの脳内情報を読み込みロードし、的確な情報を提供ていきょうする事だ。


『……はぁ』


 しかし、何とも言いがたいこの状況に……能力であるはずの自分も、むなしくため息をいたのだった。





 このままではいけない、情けなさすぎる。


 そう思った俺は、顔を洗って気合を入れ……外に出る。

 もともと、今日はグレン・バルファートのオッサンに会いに行くつもりだったんだ……【アルキレシィ】の事を聞かないとな。

 ついでに言えば、魔物図書の近くには【クロスヴァーデン商会】の店もいくつかある。

 そう、ついでだ……ついでに見に行って、ついでにクロスヴァーデンの家に辿たどり着いたって、なんら不思議ふしぎではないはずだろ?


『必死ですね』


 うるせっ!


「あっちぃ……本格的に夏が近いな」


 睡眠不足と不安で、すこぶる体調が悪い。

 それでも、能力【丈夫ますらお】のおかげで身体は頑丈だ。

 余程の事じゃなければ、そうそう倒れる事は無い……はず。


 陽射ひざしが肌に刺さるな……寝てない上にこの気候だ、身体が丈夫じょうぶとは言え、精神的に来るものがあるな。


「……はぁ……そんじゃ行くか」


「――どこに?」


 不意に聞こえてきたその聞き慣れた声に、俺は何の戸惑とまどいも無く答える。


「どこって、魔物図書……――って!!」


 普通に返してしまったが、その声は隣からだった。

 俺がななめ下に目を向けると……そこには、クラウ姉さんが立っていた。


「ク、クラウ姉さん!?」


 いつから居た!?


『初めから居ました』


「初めから居たわよ」


 心を読まないでくれよクラウ姉さん……あと【叡智えいち】さんも、クラウ姉さんと同じ事を言うんじゃない。


「ど、どうしたのさ……こんなに朝早くから、ビックリしたよ」


 暑そうに手で団扇うちわをしながら、ダルそうに。


「まぁね~。今日はオフだってのに、ラクサーヌも一人でどっか行っちゃうし……だからひまだし、ミオと遊ぼうと思って」


 遊ぶって……子供じゃないんだから。


『年齢的に言えば、お二人ともまだ子供では?』


 クラウ姉さんは四月でもう十八歳になっている……子供じゃないだろ。

 おいおい……こらこら、見た目の事は言うなよ?

 それは言いっこなし、言わずもがな……なんだからな。


「ふんっ!」


 ガスッ――!!


「――痛ってぇ!!」


 おい、足踏まれたんだが!なんで!!俺は何も言ってないぞっ!


『顔に出ていました』


 そ、そうか……それをクラウ姉さんにもさとられたのか。

 確かに、そうなると言ってるのと同じかもな。


 しかしまぁ……クラウ姉さん、この人本当に十八か?

 俺は、自分を見上げる姉の格好を注視する。

 暗めの金髪をツインテールにして……いつもよりラフな服装、夏前で肌を少しだけ露出したその姿は……どう見ても。


 ……幼女、なんだよなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る