5-69【どうしようもない理由】



◇どうしようもない理由◇


「――なら、何故なぜ!?」


 普段からは考えられない、意外なほどの大きな声と。

 乱暴にテーブルを叩いた反響音……今まで見せた事のない娘の態度だった。

 しかしそれでも……一切動じることなく、ダンドルフ・クロスヴァーデンは娘の問いに答える。


「簡単な事だ。彼は所詮しょせん――農家の息子だ。言ってしまえば一般人、娘を……そんなどこぞのものとも知れない男にはやらないよ。ましてや、彼は他国……【サディオーラス帝国】の人間だ」


「……そ、んな……理由で?」


 呆然と、ミーティア信じられない物を見るようにして父親を見ている。

 しかし、追い打ちを掛けるように……ダンドルフは。


「そんな――ではない。これは大きな理由であり、最大の理由だ。お前は、父さんが何も心配していないと、本当に思っているのか?」


「え?」


「ふぅ……」


 ダンドルフはグラスに入れられた水をあおる。

 一息、きたかったのだ。


「……クロスヴァーデン家、総じて【クロスヴァーデン商会】は、一代で築いた大きな商会だ……しかし、クロスヴァーデン家に男の子供はいない。ミーティアがどれだけ頑張っても、それだけはどうしようもないんだ。そうなれば、婿むこを取るか養子ようしを迎え入れるしかないだろう……しかし、母さんはそうはしたくないはずだ」


「え、お母様が……?」


 初耳なのだろう。

 ミーティアは椅子に座り直して、ダンドルフの言葉を待った。


「さっきも言ったが、ミオ君は農家の息子だ……貴族でもなければ、【リードンセルク王国】の人間でもない。いくら能力が高く才能があふれていても、それは受け入れられないんだよ……」


 ダンドルフが望む最大の理由は、その相手が貴族であり……同国出身の出、という事が最重要だったのだ。

 娘――ミーティアが好いた男は、残念だがどれにも当てはまらない。

 ダンドルフからすれば、はたから、聞き流すだけの話だったという事だ。

 ミーティアがあの日、ミオを“運命の人”と言った日も。


 ダンドルフが「成人までに振り向かせてみせなさい」と言ったのも、そうすれば娘が奔放ほんぽうせずに、この国にとどまると考えての事だった。


「……」


 下をうつむくミーティア。

 テーブルで隠れて見えないが、きっと拳をにぎっている事だろう。


「親として、娘の将来を考えない訳はない……貴族であり、能力も金もある。権力もあり、容姿も優れている……アレックス君になんの不満がある。将来を考えれば……この話を素直に聞き入れた方が、何倍も幸せになれるんだ……ミーティア。ライグザール家とつ嫁ぐことを、受け入れなさい」


 それは宣告だ……あの日、五年という制限をもうけた日の時点で、それを守る気など初めからなかったのだ……子供の我儘わがまま、親の押し付け……百も承知だ。


 しかし、例え身勝手であろうとも……子を幸せにしたいという思いだけは、本物なのだから。

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