5-63【所詮小娘1】



所詮しょせん小娘1◇


 言ってしまえばいいんだ……好きな人がいると。

 この場で宣言してしまえばいいんだ。


 それこそ、先ほどお父様が言った言葉……私には“運命の人”がいると。

 高らかに公言してしまえば。


 しかし、先手と言うものは上手い人が先に出すもので……所詮しょせん小娘の私には、荷が重いものだったのだ。


「――話に聞いていた、二年後……それまで待てなかったのは私の不徳ふとくの致すところですね……ミーティアさん」


 アレックス・ライグザールさん……私のお見合い相手。

 金髪緑眼、長身に優し気な雰囲気ふんいき……お父様が差し向けてきた、ミオと重ねられるような青年。


「――え」


 この人は知っているんだ……私が好きな人を振り向かせようとしていることを。

 残り二年間と言う猶予ゆうよの事も知っているという事は、それを受け入れてでも、私との結婚を承諾しょうだくしているという事だ。


「そういうことだ、ミーティア」


 横から、お父様が自信満々の顔で私を見てくる。


「お父様……」


 お父様は……全てをアレックス・ライグザールさんにつたえたうえで、今日の場を整えた……私が、逃げられない様に。


「ふふふ。ミーティアさん、そうお父上をにらまないでください。今日の場は、私が無理を言って用意して頂いたのです……そうですね、にらむなら……私をにらむべきでしょう」


「――す、すみません……失礼を致しました」


 ダメ……行く先全部ふさがれてしまいそうだわ。

 だけど、ここからどうすれば……


 そんな私の考えを見透かすように、お父様は更に追撃を。


「では、後は二人で話すといい。いくぞ、ジルリーネ」


「……はい、旦那様」

(すみません……お嬢様)


 ソファーから立ち上がり、一言アレックスさんに何かを言うと、お父様は部屋を出ていく。

 ジルリーネも申し訳なさそうに、後について行った。


「……」


「……」


 き、気まずい……いきなり二人きりにさせるとは。

 想定はしていたけれど、まさかここまでとは。


「……え、えへへ……」


 うぅ……ひど愛想笑あいそわいしか出来ない。

 これが貴族の中年男性だったなら、お面のような顔で時間を消費するだけなのに。


「くっ……ふふふ、あははっ……」


「え、え?」


 私の顔を見ていたアレックスさんが、不意に笑いだした。

 プルプル震え、にぎった拳で口元を隠しながら、それはもう思い切り笑う。


「あ、あの……アレックスさん?」


「あははははっ……いや、これは失礼。もう可笑しくて……まさかダンドルフ殿が、ここまで急ぐとは思わず、つい笑ってしまって」


「お父様が、急ぐ?」


 対面するソファーに座るアレックスさんは、息が出来ないほど笑っている。

 そこまでおかしい?


「いや……あはは、す、すみませんね。ミーティアさん……本当にツボに入ってしまって」


「え……えぇ……」


 話を聞こうにも、アレックスさんが落ち着くまでは私は何も出来ない。

 そして……残念ながらアレックスさんは、この後十数分……笑い続けたのだった。

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