第5章【冒険者学生の俺。十五歳】中編

【冒険者学校】夏編

プロローグ5-1【シャーロット・エレノアール・リードンセルク】



◇シャーロット・エレノアール・リードンセルク◇


 【リードンセルク王国】、正統後継王女殿下でんか――シャーロット・エレノアール・リードンセルク。

 ここ一年で、彼女は北部にある首都【王都カルセダ】……この国の王家が住まう【リードンセルク城】を、その手中に収めた。

 彼女は十四歳にして、その王権を奪い去ったのだ。

 王位は父のままだが、その権限の全てはシャーロットがにぎっている。


 そしてこの二ヶ月、シャーロットは【女神イエシアス】に協力して、転生者探しを手伝っていた。


「――ぐっ……がはっ……!!」


 ドサリと……一人の男が倒れる。

 苦しそうに胸を押さえて、口を大きくあけ泡を吹き、白目を剝いて玉座の前で事切れる。

 目を見開いたままのその男の亡骸なきがらの前に、一人の女性が。

 カツカツとヒールを鳴らし、見下す様に男の死体の傍まで来ると。


「――はぁい、ご苦労様ぁ……」


 女性の名は……【女神イエシアス】。

 不思議ふしぎ雰囲気ふんいきまとい……妖艶ようえんな色香をただよわせる、鈍色にびいろの髪を持った女性だ。


 イエシアスはしゃがみ込んで、その男の亡骸なきがらに手を触れる。

 そうすると、彼女の手から光が発生する。

 そしてその光は亡骸なきがらに入り込み……やがて再び出てくると、形をなして一枚のカードとなった。


「はい回収……ふぅん、武器ねぇ」


 イエシアスはその男……転生者の能力を回収したのだ。

 腰元には細長い何かのケースがあり……その中身は、数枚のタロットカードだった。


「――そのカードが、能力そのものなのね。占いでもするのかと思った」


 玉座のシャーロットはイエシアスを見下ろしながら言う。


「ええ。そうよ」


 イエシアスは持っていたカードをシャーロットに見せつける。

 カードに描かれていたのは、突きに特化した剣――カタールと呼ばれる剣だった。

 【カラドボルグ】や【クラウソラス】のような当たりの能力ではなく、いわゆる普通能力ノーマルギフトだ。


「まぁハズレねぇ……そろそろ何かアタリが欲しい所だわ」


「そう」


 肘掛けに肘を置き、あごに手を添えるシャーロット。

 然程さほどの興味も無さそうなその態度にイエシアスは、ニヤリと笑みを浮かべてシャーロットをあおる。


「――これで、あなたの能力を回収できれば……文句は無いのだけれどねぇ?」


 口端をゆがめ笑いながら、シャーロットを見上げる女神。

 まるでいつでも出来るのだと……そう言いたそうに。


「……」


 その言葉に、シャーロットはおもむろに立ち上がり……イエシアスをさげすむように見下げ。


「死ぬ事が能力回収の条件なら、今度は私を――殺す?」


 まるで「神になら出来るのでしょう?」と言いたそうに。

 階段上の玉座から見下ろしてくる。


 この二ヶ月……イエシアスを手伝って転生者を探したのは、シャーロットだ。

 シャーロットには――転生者を特定する能力があった。

 正確には……シャーロットの中に入り込んだ悪意――仙道せんどう紫月しづき……の、能力だ。


 その力を使って、【リードンセルク王国】の各地から人を集め、選別し、そして殺害した……何の感情も持たず、淡々たんたんと命を奪う。

 この世界に来た目的を果たす為、シャーロットは力を得ようとしたのだ。


 シャーロット・エレノアール・リードンセルクは、病弱なお姫様だった。

 けっして……転生者ではない。


 だが、その精神は――仙道せんどう紫月しづき……日本人であり、ミオ・スクルーズの前世、武邑たけむらみおと、クラウ・スクルーズの前世、漆間うるま星那せいなを殺した殺人鬼だ。


「うふふ……そんな事言うなんて。なら、死ねって言えば死んでくれるのかしらぁ?」


 イエシアスは悪びれることなく、不敵ふてきに笑う。

 そんな事出来ないでしょう?と小馬鹿にしたように。


 しかしシャーロットは、イエシアスの笑みを上回る程に不敵ふてきに笑って……おもむろにナイフを取り出した。


「なにをするつもりぃ……?」


 いぶかしむ女神。

 襲い掛かってでも来るのかと、警戒したが。

 王女は笑い、こう言う。


「ふっ……なら、望み通りそうしてあげましょうか?」


「――なんですって?」


 シャーロットのその言葉には、神をもあざむく悪意があった。

 神を舐め腐る程の悪意と、残忍なまでの自傷行為。それを躊躇ためらわない、壊れてしまった精神。


「なっ――!!」


 シャーロットの持つ銀のナイフは、己の首筋にあてがわれた。

 そして。


 ブシューーーーー――!!


 天まで昇るいきおいの……血飛沫ちしぶき


「キヒ……キヒヒ……!」


 みずからの首から鮮血せんけつを溢れさせて、王女はゆがんだ笑みを見せる。


「そんな……馬鹿な事……」


 シャーロットは、イエシアスのおどろく顔を見た。

 初めて……この女神に一泡吹かせてやったと、それだけの為に自傷を。


 鮮血せんけつは噴水のようにき上がり、床を濡らす。

 誰がどう見ても、明らかに致死量だ……しかしシャーロットは。


「――ねぇイエシアス、あなたはこれで満足かしら?」


 全身を鮮血せんけつで染め上げ、シャーロットは女神を見下ろす。


「あ、あなたっ……一体、何者なのっ!?」


 それは、イエシアスが初めて見せた動揺だった。

 イエシアスは、シャーロットを転生者だと思っていたのだ。

 何らかのイレギュラーでこの世界に産まれた……神の気まぐれなのだと。


 しかし、この世界の人物に……死は平等だった。

 それは転生者であろうとも同義であり、けっして存在しない……不可思議な力だった。


「おかしいでしょう?もっと笑ってよ……ねぇ。でもこれで理解した?その呑気な頭でも、理解できたでしょう?……私は死なないわ。何が起きても、何をされても……死にはしない。覚えておきなさい……女神ぃ!」


「……っ」


 すでに出血は止まり、傷もふさがっている。

 顔色が悪くなるような事も無く、貧血も起こさない。


 そしてシャーロットはパチン――と指を鳴らし、魔法を発動する。

 本来のシャーロットが使えた、魔法をそのまま発動したのだ。


 床にぶちまけられた血糊ちのりは一瞬で蒸発し、まるでこの瞬間、何も起こっていないかのような錯覚さっかくを覚えさせる。


「……」


 イエシアスは小さな舌打ちをして、不機嫌そうにその場を後にする。

 無言で、王女と視線も合わせずに。

 どうせまた戻ってくることは明白だ、ならば自分の力を見せておくのも悪くはない。

 どうやら、女神にもこのやり方は効くようだ。


「キヒッ……キヒヒッ……!」


 女神が去ったあとの玉座で一人。

 シャーロットは女神を嘲笑あざわらうのだった。

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