エピローグ4-1【これから夏にかけて】



◇これから夏にかけて◇


 くそぉ……な、情けねぇ……マジで情けねぇよ。

 か、帰って来て早々、ミーティアに抱きついてしまった。


 俺たちは、能力――【無限むげん】で綺麗に修復した馬車に乗って、快適かいてき……とは言えなかったが、帰りは早かったんだ。

 それだけ、俺もレイナ先輩も疲弊ひへいしていたし、グレンのオッサンも疲れていた。


 帰路は無言のまま、【ステラダ】に着いた俺とレイナ先輩は、依頼報告を【ギルド】に届けて直ぐに学生寮に戻った……オッサンも許可をくれたしな。

 レイナ先輩からは今回の評価表をもらったが、まだ見ていないよ。


「――どう、落ち着いた?」


 ビクッ――と、肩が震えた。

 さっきの事を思い出して、顔が赤くなってそうだ。


「あ、ああ。その……さっきはご、ごめんな」


 台所から来たミーティアの顔を見て……俺はやっぱり顔を赤くしながら、俺は謝罪する。

 あれだと完全に誤解されてしまうって……完全に抱きしめてたもん。

 強く引き寄せて、あんなに顔まで近づけてさ……セクハラだっつの。


 俺はもう一度、しっかり謝ろうとする。


「その、さっきは――」


「ううん。大丈夫よ?少~し、痛かったけどね。ふふっ……」


 ミーティアは笑う。

 その笑顔が無理をしていたんだと、気付けたならば……格好いいんだけどな。

 戸惑とまどうのは当然だよ、男にいきなり抱きつかれたんだぞ?

 ミーティアが優しかったから、大事にならずに済んだだけで。


「――はいこれ、飲んで?落ち着くはずだから」


 カチャリ――と、テーブルに置く。

 これは……いい香りだ。


「ああ、ありがとう」


 そうか、台所で紅茶をれてくれてたのか……よし、飲んで話そう。

 依頼先であったことをしっかりと……なんで俺が、ミーティアに抱きついてしまったのかをさ。





 俺はミーティアに、今日の依頼サポートであったことを話した。


 冒険者の女性が悲惨な運命に遭い、その命をみずから断っていた事。

 魔物によってはずかしめを受けて、繁殖の道具にさせられていた事……その亡骸を、俺がほうむった事。

 俺が……その有様に対して、近しい女性たちを重ねてしまった事。


 まずはそれを、しっかりと話した。


「そっか……そんな事が、あったのね」


 ミーティアが自分の身体を抱く。

 事実としては知っていたのだろう、こういう事もあるのだと。

 だけど、実際それを聞いてしまうと……やはり怖いのだろう。


「ああ。だから……怖くなったんだよ。冒険者になれば危険な目に遭う……当たり前なんだけどさ……ミーティアやクラウ姉さん、イリアやレイナ先輩たちもそうだ。ド田舎でのうのうと暮らしていた頃とは違うんだ……冒険者になれば、常に危険が隣り合わせだ……」


 それを考えただけで、途端とたんに怖くなったんだ。


「それで、ミオはどうしたいの?」


 これから……って事だよな。

 それなら、もう決まってる……君に言った事が全てさ。


「……さっきミーティアに言った事が全てだよ。俺は強くなる……帰りにさ、何度も何度も考えた。学校をやめて【クロスヴァーデン商会】で勉強するとか、もっと農業を学ぶとか、いろいろ考えたんだ……でも、最終的には」


 俺は、未だに震える拳を……ギュッとにぎりしめた。

 怖さはある。自分じゃない……誰かが傷つくのが、怖いんだ。


「守ってくれる……の?」


 そのうるんだ青い瞳は、なにを物語っているのだろう。

 分からない……でも、それでも――今の俺の想いは一つだけだ。


「――ああ。俺の全部をして、ミーティアを守るよ……」


 俺はミーティアから目を離さない様にして、真剣に言う。

 それが、俺が考え抜いた答えだ……全員を守る――だなんて無責任な事は言えない。

 でも、手の届く範囲は守って見せる……今一番近くにいるミーティアを、俺は守るんだ。


「――ありがとう、ミオ。信じるね……君を、ミオを信じるわ」


 ミーティアは優しく手をにぎってくれた。

 あたたかくて、心にみる……思いがつたわる。


 今はまだ、それだけでいい。

 【冒険者学校クルセイダー】に入学してもうすぐ二ヶ月……魔物の在り方、冒険者の末路まつろ、俺たちの向かう未来。


 進み出したのは、まだ一歩……村以外の世界を知った、俺の一歩なんだ。





 その後は、グレンのオッサンのことを話したよ。

 オッサンは帰り際、俺に言ったんだ。


『……おいミオガキ・・・・。夏までにもっと強くなっておけ……それと、どんどん依頼を出すからな、レイナの嬢ちゃんでもいいし他の学生でもいい……とにかく夏だ、夏までに依頼をガンガンこなして自分をみがけ、ミオガキが戦えることは分かった……だから、今度は俺の金稼ぎを手伝え、いいな?』


 それだけ言って、オッサンは帰って行った。

 その時の俺は、何も言えなかったよ。


 だけど、冷静になればよく分かる。

 グレンのオッサンはいずれ……【アルキレシィ】関連の依頼を出してくれるはず。

 ――時間は多くはないが……それまでに、もっと強くなって、オッサンに協力して、認めてもらうんだ。


「凄い事じゃない……あの人、ミオの強さを分かってくれたんでしょ?」


 ミーティアが喜んでくれる。

 確かに、進展は進展だからな。


「一応は、かな。依頼結果だけなら大成功だったわけだし……金が入って喜んだ反動かもしれないしなぁ……」


 オッサンの金稼ぎに協力……それは何の意味があるのだろう。

 夏までに何度も依頼を出すって言うけど、今回のような調査なんだろうな。


 魔物の事も知れるし、オッサンの知識は俺のかてにもなる。

 せいぜい勉強させて貰うさ、グレンのオッサン。


「――さて、俺の今日の話はこんな感じだよ。ミーティアは?ミーティアも、何かあったんだろ?」


 絶対にそれはそうだ。

 自分の事で手一杯でも、近くにいればつたわるよ。

 ミーティアにも、今日で色々あったんだってさ。


「……あ~……うん。でも、私個人では言えないかな……」


 歯切れ悪いな。

 なにがあったんだろう。


「そう……なのか?」


「うん、ごめんね。話をするのは……イリアと、クラウが一緒の時じゃないとね」


「――え?クラウ姉さん?」


 一人では言えない事?

 一緒の時じゃないと駄目だめ……それってもう、クラウ姉さんが中心じゃないか?


「よ~しっ!私、お風呂入るね……」


 ミーティアは立ち上がり、気合を入れるように言う。

 それにしても、まだ顔が赤いな……いや、多分……俺もだけど。


「え、あ……うん。ゆっくり疲れをいやしてな?」


「うん。あ……それとも、一緒に――」


「入んないから!」


 そういう冗談はいいから!


「ふふっ――だよね、それじゃあ、お先に失礼します」


 そう言ってウインクし、ミーティアは脱衣所に行った。

 「あ~疲れた~」と元気に言うが……その背中が、やけに悩ましいものだと思った事を、俺はしばらくしてから気付くことになるのだった。


「夏か……今は五月、精々……二ヶ月ってとこだよな。それまでに……強く、強くなる。俺も……皆も。その為には――」


 俺は胸に手を当てて、深く息をする。

 計画は沢山だ、自分の事……ミーティアの事、そして……イリアの事。

 鍵をにぎるのは、俺の――無数の能力だと思うからな。


 窓の夜空を見上げながら、俺はそう……思うのだった。




~ 第4章【冒険者学生の俺。十五歳】前編・エピソードEND~

―――――――――――――――――――――――――――――――

次話からは4章の裏側、【豊穣の村アイズレーン】で起きていた事と、その他メインを担うキャラクターの話を、サイドストーリーとして数話投稿する予定です。どうぞよろしくお願い致します。

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