4-41【近付く四月】



◇近付く四月◇


「うわぁぁぁぁぁぁぁ――……」


「あ~あ、もれなきゃいいけど」

「う、うん……そうだね」


 遠くから聞こえてきたなげきに、無念を思う。

 頼む……間に合っててくれ、あいつの腹。


「はぁ……いいのか?これで」


「ど、どうなんだろうね。訳の分からない事も言ってたし、やっぱり凄い人って、特殊なのかな?」


 ほ~ん。クラウ姉さんみたいな?


「――ち、違うよっ!?」


「まだ何も言ってないけど?」


「むっ!むぅぅ……」


 顔を赤くし、ほほふくらますトレイダ。

 だからね、ミーティアの時に見たいんだって。


「さ、部屋に戻ろうぜ。今日は疲れたしな~」


 俺はトレイダを置いて先を歩く。


「あ!待ってよミオ~!」


 後ろを付いてくるその姿を肩越しに見ながら、俺は笑うのだった。





 その日は、流石さすがにぐっすり寝たよ。

 部屋に教官が来ないという安堵あんどもあり、かぎさえしっかりとかけていれば、安全だと判断したんだ。

 油断は出来ないけど、ミーティアだってしっかり者なんだ。

 きっと大丈夫さ……きっと、な。





 それから数日がった。

 もうすぐ四月だ。

 つまりは、俺たち新入生が冒険者として――いろはを学び始めるんだ。


 しかし……しかしだなぁ。


「はぁ~、気持ちよかった~」


「……」


 言葉にならん、頭をかかえたい。

 部屋にいる間のミーティアは、もうミーティアなんだよ。

 トレイダに変身する事もしないし、なんなら変身の為の腕輪を外してるし。


 さいわいにも、誰かがおとずれる事は無かったが、実に不安だ。


「あのさミーティア……そのね、少しは警戒けいかいをさ……」


「え?大丈夫よ、誰も来ないから」


 吞気のんきか!!


「いや……この数日、実際誰も来てはないけどさ、気がゆるんでないか?」


 ミーティア・クロスヴァーデンは、生徒としては認められてるんだ。

 それなら、女生徒として通えばいいのに……と何度か言ってみたけどさ、ミーティアは笑顔を見せてくれるだけで、答えてはくれなかったんだよな。


 そしてあの大臣だ……あの人も、何かしら知っているんだろうけど、不透明だな。

 更にだ。どうやら、あのエルフの王女様が絡んでるっぽいしな。


「私はミオといたいだけよ。私のこの冒険者学校の三年は……終わりの三年だから」


 ミーティアは、紅茶をれながら俺に言う。

 やけに……感情がこもってた気がした。


「――え?」


 終わりの三年……三年?


「……あ」


 そうか……そういう事か。

 ミーティアがここまで強引な手を使ってまで、俺のそばにいるのは。

 男子寮に潜入してまで、俺の隣にいようとするのは……


「ダンドルフ会長との、約束か……」


 初めて会って二年以上。

 もう、二年以上の時が過ぎたんだな。


「そうね。残り三年……ううん、正確には二年半かな。私は、ミオを振り向かせるために……ここに来たの。勿論もちろん……自分の未来の為にね」


 強引な手だと言うのは確かだ。

 でも、そうか……ミーティアは、時間を埋めようとしたんだ。


 俺と会えなかった時間。

 俺が村にいて……ミーティアが【ステラダ】にいた時間の差を……だ。


「お父様にも、許可は得ているの。責任を自分で取れるなら……って」


 そうか……ダンドルフ会長の許可も。

 しっかりと外堀を埋めてたんだな。


「そっか。でも、大丈夫なのか?」


 ミーティアは俺の隣に腰を下ろし、テーブルに紅茶を置いて笑顔で言う。


「――他の生徒に、バレなければ?」


 す、凄い度胸だよ、まったく。


「……はぁ。分かったよ」


 そうかい。君はそこまで覚悟はしてるんだな。

 なら、その覚悟に付き合うよ……残りの三年以内に、必ず俺も答えを出すさ。

 ここにいるミーティアと――村にいるアイシア……俺が、どちらと一緒にいたいのか……俺が好きなのは――未来で愛したいのは、誰なのかを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る