第4章【冒険者学生の俺。十五歳】前編

【十四の最後】編

プロローグ4-1【前世の夢】



◇前世の夢◇


 高層ビルに、汚い空気。

 鳴り響く喧騒けんそう……おおよそ異世界とは思えない、現実味のある光景だった。


 緑と茶色が多いド田舎……ではない。

 覚えがある……ここは、日本だ。


 つまり、どういう事かと言うと。


 あ~……これは夢だ。うん、絶対夢だ。

 夢の中でもさ、そう確信する時ってあるよな。

 そう、今が……まさにその時なんだよ。


 だって鏡にうつる俺はさ、ぼさぼさの黒髪にせこけて病人のような見た目だ。

 今の俺のサラサラの金髪に、宝石のような緑色の目じゃねぇもん。

 前も言ったが、これは木の怪物トレントだわ。納得。


 自虐じぎゃくできる余裕があるのは、夢だと確信しているからで、別に自分から進んで自虐じぎゃくしたいわけじゃないんだぞ?


 いや、でも……本当に久しぶりに前世の自分を見たな。

 ブサイク……ではないんだろう。

 身長だけを見れば、高身長でいい。

 タレ目な雰囲気ふんいきも、ダウナー系だと言えばまぁ通りそうだ。


 ……う~ん、いや……ないなぁ。


 そう言えば……この夢って、いったいどの時代いつのだ?

 ブレザー制服を着ようとしてるから、高校時代かな?


 それにしてもズボンのたけが合ってない。

 一人暮らしのせいで、基本的にはなにも出来なくて、三年間ずっと一緒だったんだよ……あ、ブレザーのそでも合ってねぇや。

 着てる時はどうでもいいと思ってたけど、外から見るとひどいな。


 夢の中の前世の俺、高校時代の武邑たけむらみおは、アパートから出て自転車に乗る。

 やる気の無い顔で、面倒臭めんどうくさそうに隣人さんに挨拶あいさつをしてさ。

 嫌われてたかもな。今思えば。


 なつかしい通学路だ。

 高校……三年間、しっかり通ったんだよな。

 嫌な家族から離れて、一人で暮らし始めた高一の春。

 電車に乗ることも出来たけど、俺は自転車通学を選択した。


 風に当たるのが、好きだったんだよなぁ。


 三年間の自転車通学、当時はさ……通学途中、歩きの同級生や後輩たちを自転車で追い抜いて、気分もよかったんだ。

 ひねくれてるだろ?それで心の中で思ってたのさ、「ざまぁ」ってさ。

 今思えば……途轍とてつもなく平和な男だな、武邑たけむらみお

 退屈でつまらない人生でも、「ざまぁ」で済んでたんだからな。


 あ~……なんかブツブツ言ってんなぁ。

 なに言ってたんだろうな、当時の俺。自分で見てて気持ちわりぃや。

 ネトゲの攻略とかかなぁ。それとも深夜アニメの感想とかか?

 格別オタクではなかったつもりだけど、周りから見れば……まぁオタクだな。


 通り過ぎる景色と、抜き去っていく同級生。

 長い前髪に隠れた目元、白い肌に長いスカートの女生徒。


 あ、同じクラスの……えっと、誰だっけな。

 確か……う、う……うる……な?一度だけ話したんだけど……出て来ない。

 なんだか、珍しい名前だった気がするんだけどな。


 でも今思えば、どこぞの姉に雰囲気ふんいきが似てるな。

 なんでそう思ったんだろうか……全然見た目は違うのにさ。


 その子とは、さっきも言ったが一度だけ話した事がある。その程度だ。

 確か、その日の授業が終わって帰る途中だったかな。

 校門先の花壇で、花の手入れをしてたんだよ……その子がさ。

 俺は気まぐれで、それを手伝ったんだ。


 暗くて、下を向いて話すような子だった。

 でもさ、ふざけた同級生の子が……その子の邪魔をしたんだ。


 悪気があったように、俺には見えた。

 だから俺はそれがなんだか許せなくて、その子を手伝ったんだよ。


『あ、あの……だ、だだ、大丈夫……です、か?』


 おいこら、陰キャ丸出しじゃねぇか。


『……大丈夫……じゃない……助けて』


 あ~、なつかしいな。

 名前覚えてねぇくせにって思うよな?

 俺も思うわ。会話もしてんだから覚えとけよな俺もさ。


 でもまぁ、三年間で一度の会話じゃ無理かな。

 ましてや、高校卒業して十年以上もってて……更には異世界で十四年ってんだぞ?とても覚えていられる自信なんて無いよ。

 あっちだって、きっと覚えてないさ……こんな男なんてさ。

 今頃きっと、平和に過ごして幸せにやっているんだろうさ……多分な。


 その日の帰り、自転車の俺は赤信号で止まる。

 ちゃんと守って偉いな……いや、当たり前か。


 そこは、事故現場だった。

 あったなぁ……確か、妊婦の女性が軽自動車にかれて、赤ちゃんを流産したんだ。

 当時は全国ニュースにもなったし、新聞でも読んだよ。


 犯人は年寄りのおばあさん。

 その場で捕まって、直ぐに事件は報道されなくなったけど。

 その後は通学の度に……赤ちゃんを産む事が出来なかった、お母さんになる事が出来なかった女性が、毎日のようにそこに居て、泣いてるんだ……見るのも辛かった。


 いや……当時の俺は、そんな事思ってなかったな。

 家族なんかいなくていい、子供なんていなくていい。

 そう思ってたかもしれない。

 きっとそうだ……前世の俺は、冷めきった最低な奴だったんだから。


 そんな女性の姿を見ながら、そこで……夢は終わった。

 なんだか、前世の俺からの――初めての警告……そんな気がして、怖くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る