3-56【優しい人】



◇優しい人◇


 アイシアに言われて、初めて気づいた。

 俺は、悲しかったんだと。


 父さんの俺に対する対応。父親としてより、村長としての言動を優先した言葉。

 威厳いげんを出そうとして、偉そうにする態度。


 分かるよ……そうしないと、保てないもんな。

 馬鹿にされるのは嫌だもんな。俺だって、村の誰かに父さんが馬鹿にされたら、きっと怒る。

 だらしなくて、だまされやすくて、優柔不断で鈍感どんかんで……でも、父さんと、そして母さんが俺たち四人の子供を育ててくれたんだ。


 だから余計に腹立たしくて、悲しかったんだ。

 俺が、理解できなかったんだ……理解してあげられなかった。

 息子として……村長と言う大役を任された父さんの気持ちに、寄りおうとしなかったんだ。


 気づいてしまった事実に呆然とする俺に、アイシアが寄り添う。


「ミオ?いいんだよ……泣いても」


「――な、泣かないよ。もう子供じゃないっ!」


 子供だよ。十四歳は立派な子供だ。


 俺は今、どんな顔をしているだろうか。

 アイシアの前で、どんなに情けない顔をさらしているのだろうか。


 心も身体も……俺はミオ・スクルーズなんだな。

 それを痛感した。


 俺の第二の人生は……すでに前世を超えてたんだ。

 つまらない退屈な日常、それを捨て去って生まれ変わった、このド田舎に。

 家族と言うものを得て、平々凡々へいへいぼんぼんよそおい……平穏に暮らして。

 なにもない土地に転生して、スローライフが出来ればいいやとさじを投げた。


 だが、ここに来て再燃してしまった。


「――ア……イシア、僕……俺、は……」


 ああ、駄目だめだ。

 声が震える。視界がゆがむ。


「――いいよ?」


「え?」


 突然、目の前が真っ暗になった。

 だが、甘い香りと柔らかな感触が……俺を包んだんだ。


「泣いていいよ?ミオ。私が……隠してあげるから」


「……」


 アイシアが俺を包んでくれた。

 頭を引き寄せて、その胸に顔をうずめて……顔をゆがめた俺を、隠してくれたんだ。


「優しいから。ミオもおじさんも……だからああやって言われても、反論しないんでしょ?」


 出来る訳ないだろ?頑張ってるんだよ、父さんだって。

 未熟な村長として、この村をいだんだ。


 だけど、俺がしたいのはさ……村長なんかじゃないんだよ。


「ミオも、夢を見つけよう……?」


 夢?俺が……?

 言われてみれば、俺には夢が無かった。

 満足していたんだろうな――転生して、異世界に来て。

 それだけで。


「……夢、か」


 アイシアの言う通りだ。

 俺はアイシアの背をポンポンと叩く。

 このままじゃあ、恥ずかしすぎるからな。


「……もういいの?」


 ゆっくりと離れるアイシア。

 なんだよ、お前も顔真っ赤じゃないか。


「ありがとうアイシア。アイシアのおかげで……やりたいことが見つかったよ」


 とりあえずは目の前の事柄ことがらだ。

 あのポンコツ女神を、なんとかしないとな。


 自分基準じゃ駄目だめな時だってある。

 全てを見ろ――視野を広く持て――そして、進もう。


「そっか。よかったね!」


 アイシアの笑顔は、俺の涙を止めてくれた。

 アイシアの優しさが、俺の心を動かしてくれた。

 俺が優しいと、アイシアは言った……違うんだよ。


 優しい人は……君だよ、アイシア。

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