第50話「かなり反則くさい能力」

「何をのんきな……褒められたってうれしくないわよ!」


 俺たちの余裕ぶった態度が癇に障ったのか、光翼寺が声を荒げる。


「あんたが心配してる点はすでに解決済みだ。早ければ明日の朝にでも警察がやってくるだろう」


 と津久田がにやりと笑って言った。


「は?」


 彼の返事が予想外だったのか、光翼寺はぽかんとする。


「解決済みですって?」


 ゆっくりと咀嚼するように訊き返す。

 他のメンバーも当然彼の発言には面食らっている。


「言ったら犯人がどんな行動に出るか読めなかったので、言ってなかったんだ。犯人を突き止めて拘束できるなら問題ないと判断して、こうして打ち明けた」


 と津久田は話す。

 

「今回の犯人の狙いが元春氏だけなのか、他の誰かも狙っているのか、わかりませんでしたからね」


 鷲沢は自分たちが想定していたリスクについて語る。


「他にも標的がいるのに警察が介入してくると知った犯人が自暴自棄になったら、みんなが危険になるでしょう?」


「それはそうね」


 光翼寺は想像したのか、真っ青になった。

 イレギュラーなやり方をしていた理由である。


 全員がイベントだと誤解して大人しく同じ部屋に待機しているなら、別の誰かを狙った犯行が起こる可能性は下がる。


「え、なぜそんなことが言えるんです?」


 他の女性客がきょとんとした。


「元春氏が一人になったところを狙ったからです。人前で異能を使う意思が低いと判断しました。実は同じ理由で幡ヶ谷の行動を認めたわけですが……」


 と津久田は苦い顔になる。

 本当なら認めたくなかったんだろう。


 警察関係者じゃなく、未成年の俺が犯人に狙われるリスクを冒すという行為は。


 彼らが許可したのは「犯人が人前で異能を使わない可能性」があると判断したからだ。


 あとは俺の異能なら相手の異能の対策をしやすいという理由もある。

 二つの理由がなかったら、津久田も鷲沢も決して認めなかっただろう。


 実際のところは口封じのためなら使ってくるタイプだったし、おかげで一気に解決に持ち込めた。


 今回のやり方は綱渡りもいいところだけど、現状犯人を追い詰める有効な手が他にない状況だった。


 いわば非常措置である。

 【異能犯罪】自体が特殊なケースなので問題にはならないだろう。


「まあ無事に犯人を特定して、身柄を抑えることができたんだし、いいじゃないですか」


 と俺は言った。


 他の人間がやらされたなら同じことを言える自信はないけど、自分でやった分には平気で口にできる。


「あなたね……」


 光翼寺が複雑そうな表情で言いよどむ。


「【異能犯罪】捜査はそういう一面がありますからね」


 異能だと証拠が残らないことだってあるので、ダイヤモンドローズみたいに現場を取り押さえるか、千崎みたいに犯行を認めさせるのが手っ取り早い。


「ところで本当に危険はないんだろうね? 彼はまだ身柄を拘束されてはいないようだが」


 と老年の男性が不安そうな視線を、千崎へと向ける。


「ええ。心配は無用です。異能を封じた上で拘束する異能をすでに使ってますから」


 と俺は微笑みながら答えた。


「だから千崎は何もできません。俺が許可しないと呼吸すらできなくなりますよ」

 

 脅すようなことを言いつつも、具体的にどんな能力を使っているかは伏せる。

 使う相手にプレッシャーを与えられるからだ。


 狙い通り、千崎の体が怯えたように小刻みに震える。

 

「そんな異能があるのか!?」


 これには千歳、津久田、鷲沢以外の全員が驚愕したようだ。


「まあ消耗は大きいので、一日くらいしか持続しませんけど」


 とはったりを言う。

 実際は十二時間程度しかもたない。


「それだけもてば充分じゃない?」


 とニーナが呆れる。

 

「つまりどうあがいても千崎さん……いえ、千崎は詰んでるのですね」


 静江さんがようやく少し安心した表情になった。


 彼女はニーナを守るという使命を抱いているから、千崎を警戒せざるを得なかったのだろう。


 説明が遅れて申し訳なかったけど、正直口封じを狙った千崎がここまで無抵抗になるとはいい意味で誤算だった。


「本当は千崎の抵抗を無力化しつつ、みなさんに説明していく手はずだったのですが」


 と鷲沢が微笑して話す。


「千崎がすぐに抵抗を諦めてくれた結果、手順が変わったんですよ。もちろんこの場合はいい方向にですが」


 津久田は苦笑気味に説明する。

 

「ああ、そういうこと。異能が使われ、それを無力化されて拘束される様子を、この目で見れば説得力が抜群だものね」


 と光翼寺が納得してくれた。

 

「じゃあ安心して休んでいいのかな?」


「はい」


 鷲沢が言ってこの場は解散となる。

 もちろん津久田と彼女は千崎を見張るために残った。


「ところで確認だが、お前の異能の有効範囲はどれくらいなんだ?」


「建物の中なら余裕ですよ」


 津久田にもこの異能の詳細は教えていない。


「……つまりお前がいるかぎり、誰も異能は使えないってわけか」


「ええ、そうなりますね」


 この返事はウソだ。

 俺自身と俺が許可する相手なら自由に使うことができる。


 かなり反則くさい能力なんだけど、その分情報を開示するのは慎重になりたい。

 

「なら質問はあと一つ。お前が寝たら、能力はどうなる?」


「俺が自分の意思で解除しない限り、効果は消えません。だから俺もこのあと寝れますね」 


 これは本当のことだ。

 実は俺が死んでも効果は消えてしまうけど、今は言わなくてもいいだろう。


 津久田の言いたいことを察して答えると、彼は満足そうにうなずく。


「ならお前も助手の子も休んでいいぞ。寝ずの番は二人いれば足りる」


 あとは警察の役目だと言われたので、二人の厚意に甘えて俺と千歳は部屋に引き上げた。


 

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