第49話「動機」

「ウソでしょ?」


「そんな、まさか……」


「この人が……」


 みんないっせいに千崎から距離を取っていく。

 ニーナは口も目も見開いて固まってるのを、静江が抱えて壁際まで移動した。


「な、何で!? 何でよ千崎!? 何であなたが!?」


 我に返ったニーナが力のかぎり叫ぶ。

 悲しみに満ちた声が俺の胸をつく。


 同じことを思っている人は少なくないだろう。


「なぜと言われても、大徳王元春を殺したいくらい憎んでいたからですよ」


 ようやく口を開いた千崎は不気味なくらい落ち着いている。


「父親が元春氏のせいで破産したんだったか?」


 と津久田はニーナが話していたことを指摘した。


「それはどうでもよいのです」


「は?」


 動機として本命と思われることを一瞬で否定され、津久田は間抜けな顔になる。

 彼の気持ちはよく理解できた。


「じゃあなぜです?」


 鷲沢が鋭くたずねる。


「父が借金を苦に自殺したあと、母はあの男の愛人にされたのです。まだ幼かった私を養うためにね。あの獣のような男に」


 と千崎は吐き捨てたあと、ニーナと静江さんを見た。


「あげくあの男は友人から婚約者を奪い、自分の息子と結婚させたのです。その割に親子仲は悪かったのですが」


 まだ掴んでなかった情報を彼は語る。


 父親を自殺に追いやられ、母親を愛人にさせられ、おまけに親しい友人も被害を受けた。


 俺は彼にかける言葉が見つからない。


「ニーナお嬢様に責任はないことですし、恨んでもいません。自分よりも孫娘を守ることを優先させていたあたり、あの男にも情というものはあったのですね」


 信じられませんがと最後につけ加えて、千崎は口を閉ざす。

 やけに素直に情報をしゃべったことに、鷲沢は少し戸惑っているようだ。


 ニーナはと言うと目に涙をためてじっと彼を見ている。

 ぎゅっと手を握りしめ、唇をかみしめながら。


「観念して大人しくするってことでいいんだな、千崎剛(せんざきごう)」


「ええ」


 津久田の問いにうなずいたあと、千崎はちらっと俺を見る。


「復讐のため、異能を鍛えてきて三十年。まさか他人が使った異能を自由に再現できる異能使いがいるなんて、想像もしてませんでしたよ」

 

 彼の表情には諦めが満ちていた。

 異能使いだからこそ、逃げも隠れも弁明もできないと悟ったのだろう。


 三十年の修行はきっと誇張じゃない。

 異能は天性のものだけじゃなく、後天的に鍛えることが可能だ。


 特に発動速度や有効距離は鍛錬の影響を受ける。

 

「まあこいつの能力は反則的に強いからな」


 と津久田は複雑そうに微笑む。


「自分の手には負えない異能使いの存在を考慮してなかったのが、敗因でしょうか」


 千崎がつぶやくと、


「違うでしょ!?」


 ニーナが堰を切ったような叫びをあげる。


「あなたならいつでもおじい様を殺せたじゃない!」


 彼女の叫びに千崎は困った顔になった。


「おじい様は人から恨まれることをずっとやってきたのに、あなたのことは信じてたからね。あなたなら好きな時に毒殺でも何でもできたでしょ!」


 ニーナの瞳は炎が燃えているけど、怒りではなく悲しみによるものだった。


「……つまりお嬢さん、千崎が今日ここで犯行におよんだ理由は他にあるって言いたいわけか?」


「そうよ!」


 ニーナは何かにすがるように叫ぶ。


「そりゃ千崎の立場なら今日、元春氏に恨みを持った人間が何人も集まるって知れたからだろうよ。恨みを持ってる人間しかいない状況でやれば、リスクはかなり下がる」


 と津久田が解説する。

 要するに捕まるリスクを避けたかったのだと。


「日常生活で元春氏に警戒されずに犯行が可能な人間となると、ニーナさんも容疑者になってしまいます。それを避けたかったのかもしれませんね」


 と言ったのは千歳だった。

 

「そ、そうかもしれないじゃない」


 ニーナは千崎が自分に配慮してくれたと思いたいのだろうか。

 

「……」


 対する千崎は黙ったまま答えない。


「ねえ、ちょっと待って?」


 とここで光翼寺が口をはさむ。


「犯人がわかったところで外部への連絡はどうするの? 通信障害が起こっているでしょう?」


「ええ。おそらく千崎が先ほど実演された異能で、通信設備を破壊したのでしょうね。千崎ならどこにどんな設備があるのか、知らないはずがないですし」


 と鷲沢が応える。


 通信障害を人に気づかれずに起こせていたことで、千崎は有力な容疑者になっただろう。


 異能が絡んできたからややこしくなっていただけだ。


「そうだけどそうじゃなくて」


 光翼寺がイラついた様子で、


「連絡はどうするの? 船は明日来る手はずなの? 千崎が犯人なら船が来ないように裏から手を回すことだってできるでしょ」


 自分の懸念材料を語る。

 

「たしかに千崎なら元春氏の代理人として可能だ。さすがミステリー作家、そこに気づいたか」


 と津久田は感心した。

 俺も正直彼に賛成で、やっぱり作家は着眼点が違うのかなと思う。

 

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