第34話「千歳マジックがすごい」

「堅苦しい話はやめましょうよー。せっかくの招待なんですから」


 と鷲沢警部は津久田警部に言う。


「そもそも警部と警部のペアって不思議ですね」


 俺も思っていたことを千歳が指摘する。

 

「だってこれは公務じゃないからね」


 と鷲沢はあっけらかんと言う。


「公務じゃないからと言っても警察官は周囲からどう見られるのか、忘れてはいけないのだがな……」


 津久田警部は疲労を隠しきれてない顔で言って、またため息をつく。

 何やら苦労しているようだった。


 この鷲沢のほうはかなりアバンギャルドらしい。


 キャリア組なんて堅苦しい人が多いのだろうというイメージが、あっという間に粉々にされてしまった。

 

 スーツを着ているのは真面目さの発露じゃなくて、好みの問題なのかもしれない。


「せっかくだからお姉さんと仲良くしてほしいなぁ」

 

 と言いながら彼女はグイッとグラスのシャンパンを飲み干す。


「はぁ」


 気のない返事をついうっかりしてしまった。

 俺にとって警察と仲良くするのは本意じゃない。


「あら、不満?」


 わかりやすかったからだろう、鷲沢に反応されてしまう。

 表情も視線もやわらかく、単なる好奇心だろうと思われた。


「警察と俺たちの接点が生まれるなんて、ないほうがいいじゃないですか」


 俺と警察が仲良くしなきゃいけないって、つまり不幸が起こったということだ。


「ああ、そういう……」


 鷲沢は納得し、津久田は不本意そうにうなずいている。

 

「たしかにその通りだわ。年のわりにしっかりしてるのね。てっきり手柄を立てて有名になってやるってタイプかと」


 意外そうに彼女は言う。

 俺の存在って、警察の中ではいったいどんなイメージになってるのやら。

 

「考えてませんよ、有名になりたいなんて」


 と否定しておく。

 生活していければ、そして千歳の給料を払えれば充分だった。

 

「欲がない点が素敵ですね」


 と千歳がいつものフォロー。


「あらまあ」


 鷲沢は意外そうに彼女を見る。


 口を開きかけてすぐ閉じたのは、彼女が俺よりもずっと手ごわいと感じたからだろうか。


 だとしたらいい勘してると思う。


「ガツガツしてないのはいいことだ。ろくなもんじゃないからな」


 吐き捨てるように津久田が言った。


「津久田警部、そんな話し方あんまりですよ」


 鷲沢がたしなめる。


 優しく見えるけど、しょせん俺が子どもだからだろうと穿った受け止め方をしてしまう。


「ふん。ガキが探偵しなきゃいけないって時点で、ろくでもないだろうが」


 と津久田は吐き捨てて足早に立ち去る。

 言ってることは正しくて、俺は批判しようとは思わない。


「なーに。いやな感じ」


 黙っていたニーナが不愉快そうに顔をゆがめる。


「探偵がろくでもない稼業なのは、間違ってないと思うぞ」


 と答えると彼女は不本意そうな視線で射抜いてきた。


「そんなこと言わないでよ」


 大切なおもちゃを取り上げられた子どものように、ふくれっ面で抗議してくる。


「ああ、ごめん」


 俺は謝って彼女をなだめた。

 現実を伝えるのが必ずしもベターとはかぎらない。

 

 少なくともこの場で言うのは悪手だったようだ。


「探偵はカッコイイんだから!」


 と言ってニーナは一応機嫌をなおす。

 自分の力で何とかなってホッとした。


「では光彦さんのカッコイイエピソードを紹介しましょう」


 と千歳がここで口をはさむ。


「え、聞きたい!」


 ニーナは目を輝かせてかなりの勢いで食いつく。


「ではまずわたしを守って三人の悪漢を倒した話はいかがでしょう?」


 と千歳が問いかけると、


「聞かせて!」


 ニーナは食い気味に即答する。

 

「あれは半年くらい前の話なのですけど」


 異能使いと三対一で戦ったやつだな。

 もちろん俺は展開を知っている。


 この流れで話を阻止するなんてできるはずがないので、おとなしく千歳の隣で聞くことにした。

 

「まぁ、そうなの!」


 とニーナが手を叩く。


 千歳は身ぶり手ぶりを駆使するタイプじゃないが、抑揚をつけて場を盛り上げるのが上手かった。


 たぶん子どもに本を読み聞かせなんかで人気をとれるだろうな。


「謙遜しちゃって、すごいじゃない!」


 適当に聞き流していたら、興奮したニーナに尊敬のまなざしを送られる。


「とても素晴らしいご活躍だったのですね」


 冷静な静江さんも好印象を与えたらしい。


 千歳マジックすごいなと他人事のように思っていると、料理がワゴンで運ばれてきた。


「あれ、これって食べ物は持ってきてもらえるのか?」


 立食パーティーは自分で取りに行くものじゃなかったっけ。

 不思議に思ってニーナに訊く。


「ああ、あたしの分はね。せっかくだからあなたたちも好きなものをとっていいわよ」


 彼女が単純な理由を明かし、俺たちにもすすめてくる。

 料理を運んできた若い女性が目を丸くしていたのは、ニーナの発言だろう。


 たぶん前例を彼女は知らなかったに違いない。


「ではお言葉に甘えて」


 俺はハムを、千歳はサラダに手を伸ばす。

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