第32話「とても珍しい日」
「ミステリー企画だと聞いたから油断してたな。着替えを借りられる時点で怪しいと思うべきだった」
と俺は自分の考えの足りなさを後悔していた。
目の前にはきちんとした服装の男性に美しく着飾った女性、華やかなパーティーとしか思えない光景が広がっている。
「これはこれでいいじゃありませんか?」
と千歳が微笑む。
彼女は青い清楚なドレスを着ていて、髪を結いあげうなじを露出させた姿はいつもよりも大人っぽい。
上等なドレスやストール、借りものとは思えないくらい見事なネックレスも、自分の引き立て役にしてしまっている。
「さすがだな」
彼女が恐ろしいくらい顔がいいのは俺が一番よく知っているつもりだけど、その魅力を再認識させられた。
男性たちが無礼にならない程度に彼女をちらちら見ているのも当然だと納得する。
千歳は視野が広く、敏感で勘もいい。
誰がどこを何秒見たかばっちり把握してるぞ、とばらさないのは男同士の情けだ。
「もう、もうちょっと褒めなさいよね」
と俺に文句をつけてきたのはニーナだった。
彼女は赤いドレスを着ていて、美しいと言うより可愛らしい。
「あら、この場合、さすがというのは最高の褒め言葉ですよ」
と千歳が余裕の笑みを見せる。
彼女には俺の考えや判断が筒抜けだからな……。
「そうなの。お互いだから通じるってわけね! ごめんなさい」
ニーナは素直に聞き入れた。
「まあ千歳以外には通じないだろうなとは俺も思うよ」
千歳相手ならいいだろというのは、甘えかもしれないと俺も反省する。
「お互い反省したところで終わりね」
とニーナは言ってチラッと俺を見た。
「可愛くて似合ってるよ。ニーナは赤が似合うんだな」
期待に応えるように彼女を褒める。
気の利いた言葉なんて言えないけど、なるべくきちんとした言葉をかけようと意識した。
「ありがとう」
ニーナは真っ赤になってうつむいてしまう。
褒め慣れてなさそうなウブな反応だ。
「君たちはここだったか」
と言ってやってきたのは和装に身を包んだ元春老人だった。
背後に壮年の渋い燕尾服の男性がひかえている。
最初会った時もいた人なので、おそらくは執事か何かだろう。
「結局参加させていただくことにしました」
と俺があいさつを入れる。
「うんうん。ニーナと友達になってくれたそうだな」
元春老人は相好を崩して言う。
「おかげさまで」
「彼女のほうから話しかけてくださって」
俺は短く、千歳はていねいに説明をする。
「そうか。ニーナが誰かと友達になるというのは珍しいことだ。二人のことを任せたぞ」
と元春老人は言うと、
「もちろんよ」
ニーナは胸をはりながら答えた。
「そう言えば二人には紹介してなかったな。ワシの執事の千崎だ」
目を細めて彼女を見ていた元春老人は、表情を改めて俺たちに背後の男性を紹介してくる。
「初めまして」
やっぱり執事だったかと思いながら俺たちはあいさつを返す。
「ではまたあとでな。楽しんでいきなさい」
元春老人は去っていく。
ホストとして忙しいんだろうなと小さな背中を見送る。
「びっくりした。おじい様があたし以外にあんなニコニコして話すなんて、珍しいわ」
とニーナが驚きを隠さずに話す。
そうなのかと思いつつ、
「君が友達といるのも珍しいと言ってたね」
と指摘する。
「もう、そうよ!」
ニーナはすねてそっぽを向く。
「大徳王家にとって珍しい日だったということですね」
千歳が微笑を浮かべて話をしめた。
「ええ、あなたちのおかげで素敵な日になったわね」
ニーナがうれしそうに微笑む。
千歳が美しいバラなら、彼女は可憐なチューリップかな?
……柄にもないことを一瞬考えてしまった。
「まだ一日はありますよ?」
と千歳が優しく言う。
彼女の言いたいことを察したので、
「そうだな。もっと素敵な日にできるチャンスだ」
と援護射撃を出す。
「!! うん!」
ニーナは俺たちの言葉に息を飲み、それから力いっぱい返事をした。
気のせいじゃなければ、静江さんが背後で目をうるませている。
……本当に今日が彼女にとっていい日になっていけばいいなと思う。
「あら、若者たちだけで盛り上がっているみたいね?」
そこに光翼寺がやってくる。
なぜかはわからないけど、チャイナドレス姿だった。
今の千歳とは違うベクトルの大人っぽい魅力を放っている。
「光翼寺先生」
と千歳が呼び掛ける。
ニーナは一瞬目を輝かせたものの、すぐに緊張で真っ赤になり固まってしまった。
「二人は結局参加するのね?」
と俺たちに光翼寺が話しかけてくる。
最初乗り気じゃなかったのを知られてるからなぁ。
「ええ。こっちのニーナさんに誘われて、一緒に出ることにしたんですよ。彼女は光翼寺先生の大ファンらしくて」
と言ってニーナを見る。
「にゃ!?!?」
彼女は想像をしてなかったと目を見開き、仰天していた。
「あらそうなの?」
光翼寺からの視線に気づき、年ごろの乙女にあるまじき形相をすぐに消す。
「そ、そうにゃんです」
と彼女は嚙みまくりながらあいさつをする。
「……なるほど、大徳王さんは孫娘に甘いって評判は本当なのかもね」
光翼寺は腑に落ちたという顔でつぶやく。
何で自分が企画者として採用されたのか、想像したらしい。
正直なところ俺も同意見だ。
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