第71話 『写真とフォト』
嵐に揺られて一時間程。暗雲が去って雨も波も収まりつつあった。
それでも、空は晴れとは言い難い薄闇で、そろそろ夜が近づきつつあった。
「兄ちゃん、此処で終着だ」
運転手がそう言って船を止める。
ざぁざぁと波の音だけが聞こえて来る。
吐きまくって腹の中が空になって多少楽になった岸辺玖と伏見清十郎は自分の荷物を持つ。
「島までは行けないんだな?」
「あぁそうだ。決して、俺の腕が悪いワケじゃないぜ?これ以上進んだら化物が出て来るからよ」
白髪と顎鬚を蓄える運転手は、今、この場も危険だと言っていた。
水上を移動する化物も存在する為、その化物が船を突く可能性がある。
「一週間後、約三十程の船が海岸沿いに来る。どれでも良いから、兄ちゃんはそれに
乗って帰りな、帰りの便だけはそれ一つだけだ」
「ねえ浮き輪膨らませてくれない?あたしさ、長距離泳ぐの苦手なんだけど、バタ足し過ぎたら足が太くなっちゃうし」
「……」
岸辺玖に空気が抜けた浮き輪を渡してくる、岸辺玖はそれを拒否すると思ったが、素直にそれを受け取る。
「俺の分あるか?」
「もしかして玖、泳げないのか?」
姫路音々は「ちょっと待っちっち~……」と言いながらバッグの中を弄っている。
「いや、俺は記憶が無いからな、もしかしたら泳げないかも知れない。だから念の為にだ」
息を深く吸って岸辺玖は浮き輪を膨らませる。
狩人としての肉体を持つ岸辺玖の肺活量は通常の人間とは違う。
「それよりも、キミは一体、なんて恰好をしているんだ‥…?」
伏見清十郎は青色のハイレグ姿に着替えている姫路音々の姿を見て引いた目で彼女の姿を見詰める。
「んえ?いや、濡れるじゃん?折角水着持って来たんだし、ユーコーカツヨーって奴じゃん?」
ハイレグ姿でポーズを決める姫路音々。
金髪の頭には水中用のマスクとマスクのゴムに付けられたシュノーケルが乗っていた。
「いいよぉ!姉ちゃんポーズしてぇ!」
海軍の様な帽子を被る運転手が持参したカメラで姫路音々の写真を撮っていた。
当の本人である姫路音々はピースを作って「いぇーい!」と写真写りを気にしながらカメラを受け入れる。
「緊張感が無いな……」
「すー……ぷ、ふぅー」
その二人と浮き輪を膨らませる岸辺玖を見て、伏見清十郎は言う。
瞬間、ぐらりと、船が揺れた。
「なんだ?」
岸辺玖は膨らませるのを止めて異変に違和感を持つ。
運転手は帽子を深く被って、おっさん面ではなく、一端の船長の様な表情を作った。
「おいでなすった……化物がッ」
真剣な表情で、その原因を口にした。
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