第63話 『しっかり留めようファスナーを』

彼女もまた、夢を見せられた人間の一人である。

しかし、どの様な夢を見せられたのか、想像は頑なにしたくはない。


「主人、が、ご主人様が、悪いんですのよ?」


「ゆかりをこの様な目に遭わせて、たくさん調教をして……」


「ご主人様の鞭無しでは生きていけない体になってしまいましたの」


とろんとした目を向けながら、岸辺玖が麻痺で動けなくなっているベッドの上に四つん這いで迫る。

衣服のボタンを一つずつ開けて、豊満な胸を包み込む下着が見えた。


「ただの人ではなく、ケモノとして、私を、ゆかりを、えっちな体にしてしまったんですのよ……その責任は、最後まで見てもらいませんと……飼い犬の面倒は最後まで見る様に……」


岸辺玖の顔に鼻を近づけて、彼女の薄桜色の唇が首先を軽く触れた。

リップの滑らかな感触。首筋に通う甘い触り。


「わん、わん……へっ……へっ……」


彼女は発情していた。それは可愛らしい子犬よりかは、無我夢中で腰を振る猿の様な下品さが伺えた。スカートを外し、シャツを羽織るだけの姿となり、岸辺玖の首筋から胸元へと舌を這わせて不要な衣服を素手で無理矢理破る。

布が千切れる音がして、岸辺玖は焦り出した。


「(なんだこの女、頭がイカれてるぞ……誰が飼い主で誰がご主人だ……)」


現状、どうにかしようと体を動かすが、腕が動かず、足は棒の様に重たい。

しかし、体の感覚は残っていて、彼女の煽情的な接触が、敏感にも伝わって来る。

一方的に、岸辺玖の快楽を知っている様子だ。

それがどうにも、岸辺玖には嫌悪感と苛立ちしか覚えない。


「(ムカつくもんだ、一方的にやられるってのは)」


それが例え性欲であろうとも、彼は自分が何も出来ずに翻弄される事を毛嫌いする。

それは、過去に対する自分が何も出来なかった事を触発とさせる為だろうか。

彼には記憶がない。だから、彼女の行動に対して苛立ちを覚えてしまう。

何故そんな感情が芽生えてしまうのかは、分からないが。


「へ……へっ……きゅぅ……」


紫乃結花里が彼の臍を舌先で弄った後。

今度は彼のズボンに目を向ける。

口でベルトを器用に取り除き、そして彼の顔を見たまま、ズボンのチャックを加えてゆっくりと外していく。それはもう器用な事だった。


岸辺玖が何も出来ず、このまま彼女の悦楽の為にその身を貪られようとした時だった。

ぐらり、と、今にでも崩れそうな程に、脆く弱弱しい体が立ち上がった。


その姿は岸辺玖にとっては救世主の様にさえ思えた。

麻痺毒によって体が動かない筈の伏見清十郎が、大切な者の為に立ち上がったのだ。

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