[2-2]対抗心とセーラー服
「別に、悪くない味だったし。腹に入ればそれでいい」
頬杖をついたまま、アルバくんは目を合わせずに言った。
素っ気ない態度に見えるけど、口もとは緩んでる。
わかりにくいようで、彼の優しさはとてもわかりやすい。わたしを気遣って、傷つけないような言葉を選んでくれている。
「でも悪夢を食べると悪いものがたまっちゃうんでしょう?」
「あんな程度の悪夢じゃ、邪気にすらならねえだろ」
「それはそうかもしれないけど……」
邪気って、そもそも何なのだろう。悪い夢を食べたら
だったら、アルバくんには良い夢を食べさせてあげたいところなのだけど、肝心のわたしが見るのはきまって悪夢ばかりなの。
ピアノを弾けなくなってから、ずっとそうだった。
出会った頃みたいな、怪異に襲われるこわい夢は見なくなったものの、どうしてへんてこな夢ばっかり見ちゃうんだろう。
もどかしい。早くアルバくんには元気になって欲しいのに。
「お前、いつも九尾の野郎にいなりを献上してんのか」
サラダをフォークでつついていたら、テーブルに頬杖をついたままアルバくんが聞いてきた。
暇を持て余しているのか、じぃっとわたしを見ている。
わたしの前にはトーストと、サラダとスクランブルエッグがのったお皿があるけど、アルバくんの前にはなにもない。意地悪で朝食をわざと出していないのよ。食事を用意しようとしても、アルバくんにはいつもいらないと言われてしまうんだよね。
あやかしは基本的に人間の食事を口にしない。
その事実をアルバくん本人から聞いた時はびっくりした。
というのも、
当たり前のように、九尾さんはわたしたちと同じように食事をするから、意外だった。
「献上ってわけじゃないけど、おいなりさんを持って行ったら喜んでくれるから」
いなり寿司は手間が少しかかるだけに喜んでもらえると嬉しい。少しでも恩返しになっているかな、と思うもの。
でも今朝のアルバくんはどうにも機嫌が悪いみたい。
眉間にシワを寄せて、なぜか睨まれた。
「あやかしを怖がってるわりに、お前って九尾のことは平気なんだな」
「だって、子供の頃にいっぱい遊んでもらったし。それに、あやかしに襲われた時、助けてくれたのは九尾さんなの。だから命の恩人なんだよね」
そう。あやかしが苦手なわたしがどうして九尾さんはこわくないのかというと、命の恩人だからだ。
物心ついた時から、九尾さんは
座卓のそばで新聞を読みふける姿はまるでお父さんみたいで、不思議と似合っていたっけ。懐かしいなあ。
昔の思い出に浸っていると、ついにアルバくんは黙り込んでしまった。
眉を寄せたまま、不機嫌そうに視線を落としている。
今の会話に機嫌が悪くなる要素があったっけ。おいなりさんの夢を食べたから、本物を食べたくなっちゃったのかな。
「ねえ、アルバくんもわたしが作ったもの食べてみない? おいなりさんでもいいし、もっと他のものでもいいし。これでも料理の腕には自信があるんだよ」
「人間のもん食べたって力にならねえんだからしょうがねえだろ」
ちょっと予想が違ったみたい。あっさりとフラれてしまった。
そりゃそうか。わたしと違って、おいしいごはんを食べたって元気になるわけじゃないもんね。
いつもごはんを食べるのはわたし一人だけ。
アルバくんと向かい合わせで食事ができたら素敵だと思ったんだけどな。
「……まあ。どうしてもって言うなら食ってやってもいいけど。味はわかるし」
「本当!?」
顔を上げると、アルバくんは顔を背けていてわたしと目線すら会わせてくれない。
でも言葉通り冷たい人じゃないってことは、短い付き合いでもわたしにはわかる。椅子の下で長い尻尾は機嫌よさそうに揺れているし、あさっての方向に向いた顔には朱が走っているのが見えた。
照れてるんじゃないかな。
「じゃあ帰りに買い物してこなくっちゃ」
一緒に食べるなら晩ご飯だよね。何作ろうか。
久しぶりにシチューを作っちゃおうか。でもまだ暑いからちょっと作るのも食べるのはしんどいかも。
思いきってハンバーグでもいいかもしれない。中にチーズ入れたらおいしいかな。
「
空っぽになった食器を流しで洗っていたら、アルバくんが声をかけてきた。
ここ最近は袖なしのワンピースばかり着ていたのが、今日の服装はいつもと違っていた。
紺色の生地に白いラインの入った大きな襟に白いリボンのついた、セーラー服。膝のあたりまであるひだのついたスカートが、歩くたびに揺れている。
きっとアルバくんは初めて見るよね。そういえば言っておくのを忘れていた。
「うん。昨日で夏休みが終わったからね。今日から学校に行くんだよ」
今日は九月一日。平日だ。
長かった休みが終わり、新学期が始まる。
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