十六夜1
※ちょっと設定を変えてしまったため、前の文章を少し弄りました。
8年後。
真っ白に染まる世界で、彼は目を覚ました。
真っ白な髪が、地面と同化している。
彼は両手両足を雪の上に投げ出し、大の字で寝ころんでいた。
上半身を起こす。
降り積もっていた雪がぱさぱさと落下し、それもまた地面のそれと同化した。
真っ白な山々と真っ白な空は境界線が薄ぼんやりしている。
というか、頭から被った雪のせいで睫毛が真っ白に凍ってみにくい。
頭を振って、残りの雪を飛ばす。
意識を失う前を思い出そうとする。
確か彼の連れが、突然国を飛び出した自分を連れ戻しに来たのだ。
少し揶揄ったら、鬱憤がたまってたのか、連れはしつこく追いかけまわしてきた。
勿論思い切り逃げた。
久しぶりに、すごく楽しかった。
連れは、任された仕事に慣れてしまっていて、こんな本能的な一面はずっと奥深くにしまっていたからだ。
ずっとつまらなかった。
つまらないということも忘れてしまった連れが、まるではじめから自分の仕事はこれでしたと錯覚しているかのように、クールで事務的になっていた。
当然、粗野な面は一切見せなくなっていた。
だから、感情的なその姿を久しぶりに見て、嬉しくなってしまった。
ちょっと調子に乗っていたかもしれない。
途切れる前のヴィジョンを過る。
遠くに黒い何かが現れたと認識した途端、彼が咆哮して、その先の記憶が朧気だ。
「あ、そうか」
雪崩が起きたのだ。
そして自分はそれに飲み込まれた。もこもこの雪を跳ねのけて、よいしょと起き上がる。
ブルーグレイの獣が、視界に収まる程度に離れて、お座りしていた。
尻尾を振っている。
反省の色は、ない。
全くない。
寧ろ主人が悪いのだと訴えている。
全く困ったものだと思う。
この力が目覚めてから、彼はイエライに対して乱暴になった。
乱暴というより、遠慮がなくなったというのが正しいか。
《絶対防御》、物理的な衝撃を全て遮断する檻を作り出す能力。
雪崩などものともしない。
イエライの意識次第でいつでも発動し、マーガでさえ崩せない、ちょっとした反則技に近い能力。
「お前。私が死んだらどうするつもりなのかな?」
くぅん。
しおらしく鳴いて見せるこのブルーグレイの、彼の身の丈より大きめの犬、もとい狼。
その頬には、星の痣が埋もれている。
最近は有能秘書化した筈のヴォルフは、久しぶりの獣化に、童心に返っているようだ。
普段から押さえ込みすぎるからストレスが溜まる。
適度に運動して吐き出さないとこんな幼児返りになるのだ。
可愛い青灰色の瞳に無条件で赦すほうへ揺らぐ気持ちを、イエライは抑え込んだ。
「ぼうっとはしていられない。お前のせいで見失ってしまうよ」
お座りをしている犬、もとい狼の頭をぽんぽんと叩く。
大きな図体で鼻を鳴らし、狼がわからない、と不満を示した。
「ほら、あそこ。人が襲われているだろう」
イエライの指さした方向。
そこには、黒い何かと白い何かに囲まれた、男女の姿があった。
一人女性が倒れている。
出血もあるようで、男の一人が止血をしているようだが、白い雪を赤く染めている。
そして、ぴくりとも動かない。
もう一人が何かしようとして、倒れた。
獣が唸る。
犬歯を剝き出しにした、逞しい姿へと一気に変貌する。
毛を逆立たせて一層膨れ上がり、野生を取り戻すかのような足踏み。
手懐けられない狂暴な獣のようなその狼に、イエライが手を伸ばす。
すると、狼はその手の上に顎をのせて、イエライを窺う。
「本気はダメだ。遊んでおいで。ヴォルフ」
イエライはその背中を撫でて、二回優しく叩いた。
あの中の見知った姿に心が躍っていることなど、微塵も感じさせない柔らかな笑みを湛えて。
獣は駆ける。
その速度は音速のようで、すぐに彼らの傍まで接近した。
ヴォルフは大きな身体で飛びかかる。
飛びかかってきたオオカミを見て、白い何かが霧散する。
残った黒い何かに、ヴォルフは襲い掛かった。
イエライは獣の動きを見定めつつ、《絶対防御》を発動する。
首元の月の紋章が青白い光を放った。
卵形の光が彼らを覆うように出現する。
皆が驚いて周囲を見回すが、こちらは見つけられないようだ。
何せ、真っ白な髪に、真っ白な身なり。
同化する色味だと自負している。
だがしかし、銀髪の、赤い瞳の騎士が瞬いた。
すぐにこちらを認識して、ガンを飛ばしてくる。
(相変わらず眼がいいのはいいとして。何で怒るの)
イエライは駆ける。
身体能力が上がったとはいえ、ヴォルフのようにはいかない。
全身が黒く、目がないのに見つめてくる、不気味な化物、殃禍。
数が少なくなっているものの、イエライが先ほど見たものと形態が違い、巨大化している気がした。
それに、まだ油断できる数ではない。
騎士の目の前に立つと、彼女は障壁を解けと目で訴えてくる。
「間に合ってよかった。久しぶり。三年くらいぶりかな」
「…イエライ。また放浪してるのか。第二王子が探してたぞ」
くい、と顎で促された先にはアリストロがいた。
苦い顔をしてこちらを睨んでくる弟に、イエライは笑う。
騎士は眉を寄せた。
相変わらず綺麗な銀髪、雪のような肌に鮮血のような赤い目。
細いが無駄のない筋肉のついた身体は、まさに騎士にふさわしい。
絶対防御を解かないイエライに、仕方なく騎士はおしゃべりに付き合っている。
だが、苛々しているのは明白だ。
眼光が鋭さを増す。
気迫のこもったその瞳が、こんな時なのに綺麗だとイエライは思う。
「久しぶりに会ったのにつめたいね、アスレイ」
「いいから。あれは私が仕留める」
アスレイは吐き捨てる。
ヴォルフが相手をしている黒い存在。
それを根絶やしにするのがアスレイには肝要で、イエライのことなど見ていない。
イエライはそれでも、アスレイを引き留めた。
倒れている女性を一瞥すると、アスレイが顎を引いた。
もう一人倒れている黒髪が補助術で止血した形跡があるが、不得手なようだ。
出血量も多すぎる。
「彼女を診てもいいかい?」
「…頼む」
イエライの頬が緩む。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
イエライは、彼らにかけていた絶対防御を解く。
その横を、アスレイが風のように駆けた。
獲物を捉える力強い一歩。
間近でみた赤い瞳は曇ることがない。
彼女の青い刀身が閃いて、眩い光がはしる。
黒いなにかが、飴玉のように溶けていく。
一体一体、黒いそれはアスレイの剣に触れて霧散していく。
その姿に、イエライは嬉しくなる。
背中を任せてもらうなんて、十年前では考えられなかった。
今、形は違うが、イエライは彼女の傍に立てている。
それが誇りだ。
イエライは、ポケットから瓶を一つだした。
栽培に成功したコカの実を、彼女に飲ませる。
そして、今ある命を救うことにイエライは全神経を注いだ。
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