第101話



***




「町山は、罪悪感を抱えきれなかったんだろうな」


 上条が言った。


「自分が妹を死なせてしまったという事実を受け入れられず、記憶を改竄したんだ。妹は誰かに殺されたって」


 町山は茫然として座り込んでいた。

 稔達も、誰も口を挟めなかった。妹を死なせてしまった自分を認めたくなくて、誰かに殺されたのだと思い込むことで自分を守ろうとした。その心の動きは、理解できなくもない。そう思い込まなければ、生きていけなかったのかもしれない。


 雨の音が弱くなった。夜になる前に止みそうだ。


「でも、町山はまじめな奴だから」


 上条は少し苦笑いをした。


「自分を許せない気持ちはどっかにずっと持ってて、それが煮詰まって、爆発しちゃったんだろう。だから、土砂降りの日に、雨に濡れている当時の自分と同じくらいの年格好の男を見ると、殴りかからずにいられないんだ。本当は自分を殴りたいんだろうにな。まあ、俺は精神科医じゃないから、断言は出来ないけど」


 上条の言う通りだとしたら、町山にはまさに精神科医の助けが必要だろう。

 稔は町山と上条を交互に見て、上条に向かって問いかけた。


「……あんたは、それに気づいていて、教えてやらなかったのか?」


 声が硬くなる。

 町山の状態に気づいていたのなら、助けを求めることが出来るように導いてやればよかったではないか。何故、こんなことになっているのだ。


 知らないうちに、体が震えていたことに気づいた。震える指をぎゅっと握り締める。

 何から来る震えだろう。恐怖か、怒りか。


「だから、ゲームなんだって」


 上条はあっけらかんと言った。


「俺、家庭教師してんだけど、チビだからって馬鹿にしてくる教え子がいてさ。波ヶ城高の生徒なんだけど」


 急に話題を変えた上条に、稔は目を瞬いた。


「そいつの傘盗んで、濡れ鼠になってるところを町山に見せてやったんだよ」


 ひゅっ、と息を飲む音がした。


「あいつがお前の妹を殺した奴だ、って囁いてやったら、スイッチが入ったみたいになってさ。さすがに殺したらまずいからすぐに止めたけど」


 何の罪悪感もないように、平然とした声で言う。


「町山が内大砂で空手部のコーチやるって言うから、土砂降りの日にはこっそり紛れ込んで傘盗んでみたけど、町山はやっぱり当時の自分と同じくらいの背格好じゃないと反応しなかったよ」

「……なんで」


 震える声で、町山が尋ねた。

 顔を上げて、蒼白な表情で友人を見つめる。


「なんで、そんなことを……」

「別に。背が高い奴は嫌いだから、多少痛い目見せてもいいかなって思ったし。町山は犯行のこと覚えていないから、町山が気づくのが先か警察に捕まるのが先か、って思ってたんだけど、中学生に捕まるとは考えてなかったよ」


 上条はソファから立ち上がると、町山の肩をぽんぽん叩いた。


「そんな顔するなって。大丈夫。お前は過去のトラウマで心神喪失状態が認められるって。刑法三十九条だっけ? それに、俺に操られていたんだから、主犯は俺だから。お前は絶対に無罪になるから心配すんな。俺? 俺はさあ、犯行動機を聞かれたら「小さい頃からチビと呼ばれて馬鹿にされていたから自分より大きい奴が憎かった」って答えたいんだよね。それ聞かされたら、俺の家族はどう思うかな? あはは」


 楽しそうに笑う上条が、幽霊よりも薄気味悪い生き物に思えた。




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