第14話
***
体育館の隅にうずくまってうつらうつらしていた文司は、石森に揺り起こされて重い瞼を上げた。
「あ……石森…、朝練終わったの?」
微笑んで言ったつもりだったのだが思った以上に声に力が入らず、弱々しさを強調する結果になってしまった。石森が深刻そうに顔を歪めたのを見て、慌てて言い直す。
「大丈夫だって。眠いだけだから。…それより、早く着替えてこいよ。ホームルーム始まっちゃうよ」
他の空手部員が部室に引き上げていくのを目で示してそう言うと、石森は「すぐ来るから待ってろ」と言い置いて部室の方へ駆けていった。
文司ははーっと長い息を吐いて背後の壁に後頭部を擦り付けた。石森に心配させてしまうことはわかっていたが、一人で教室にいる気にならず見学と称して体育館に居座った。今はどうしても石森から離れたくなかった。
今朝の、おぞましい感触を思い出して、文司はぞっとして自らをかき抱いた。背中がざわざわとする。あれは、なんだったのだろう。夢だと思い込もうとしても、はっきりと触れてしまった感触がそれを妨げる。文司は手に残る感触を振り払いたくてズボンで手汗を拭った。
わかっている。気のせいだとか夢だとかではもう誤魔化せない。あの日、図書室に入った日から、おかしなことが続いている。図書室に霊がいるという噂は本当だったのか。しかし、何故自分だけが取り憑かれたのだろう。
(霊感のある振りなんかしたから、怒ったのかな……)
文司は弱々しい自嘲の笑みを浮かべた。原因といったらそれしか思い浮かばない。だとしたら、自業自得だ。中学に入ってまで、あんな真似をするべきではなかったのだ。ここは緑王館とは違うのだからと、心配する石森にはっきり「大丈夫」だと言えば良かったのだ。自分が弱いせいで、緑王館を脱出した今でさえ、石森に迷惑と心配をかけている。自分さえいなければ、石森はもっと自由で楽しい学校生活を送れたろうに。中学だって、わざわざ厳しい内大砂に来ることもなかったのに。このあたりの学区で緑王館出身者がいない学校なんて内大砂ぐらいしかなかったから、文司は最初から内大砂を志望していた。そんな文司に、石森は「俺も内大砂に行く」と言った。文司は嬉しかった。緑王館からは出たかったが、一人で石森のいない学校に通うのは不安だったのだ。
だから、胸の奥から沸き上がってくる罪悪感に気付かない振りをした。そんな自分がどうしようもなく嫌になる。
(俺なんて、いっそ……)
文司の意識がゆっくりと暗い方へ落ちていきかかったその時、左腕をぎゅっと掴まれる感覚で文司は我に返った。
感覚は一瞬だった。痛みもない。不思議と、右腕を掴まれた時のような恐怖も感じなかった。
ふと、文司は先日見た夢を思い出した。こっちへ来てと右腕を引かれる。それに抗うように掴まれる左腕。
(どういうことなんだろう……)
文司は息を吐いて壁にもたれ掛かった。何が起きているのか考えなければならないことはわかっていた。
だが、今の文司には何かを考えることがひどく億劫になってしまっていた。
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