第13話
***
満面の笑顔の大透が校門で待ちかまえているのを目にした途端、回れ右をして帰りたくなった稔だったが、「クラスメイトが笑顔だったから」という早退理由は誰にも認めてもらえないだろうと思い直して前に進んだ。
「なんか用かよ」
一昨日にも同じような朝の始まり方をした気がするなと考えながら稔が尋ねると、大透は笑顔をさらにキラキラさせて後ろ手に持っていた一枚の紙を目の前に掲げて見せた。
「じゃーん」
稔は眉を顰めて広げられた紙を眺めた。四十人ほどの名前と連絡先が書かれた一覧だ。
「なんだよこれ」
「聞いて驚け!八年前の一年杉組の生徒名簿だ!」
稔が目を丸くすると、大透は焦れたように言い募った。
「竹原昌一のクラスメイトだよ!」
ほら!と一覧を指差す。確かに、竹原昌一の名前がそこにあった。
稔はさっと目を動かして一覧の名前を確認した。そこに兄の名前がないのを確かめてほっと息を吐く。
「どっから手に入れたんだよ、こんなもん」
「俺の手に掛かればちょろいもんよ」
胸を張る大透に、稔は法に触れることをしていないだろうなと疑わしい気分になった。
「こいつらに片っ端から電話して竹原昌一について訊けば、誰か何か覚えてるだろ」
「えー…」
大透の提案に、稔は気が進まないと正直に顔に出した。見も知らない中学生から八年も前に死んだクラスメイトについて訊かれていい気分のする人間はいないだろう。
「でも、これしか方法がねぇだろ?樫塚のためだよ」
大透が真顔で言う。稔は言い返せずに口を噤んだ。
「安心しろって。電話は俺がかけるから。倉井は悪霊と対決する時のために力を蓄えておけよ」
「しねぇよ、そんなこと!」
そんなことするぐらいなら片っ端から電話をかけまくる方が遥かにマシだ。
「まあとにかく、放課後を楽しみにしてな」
大透はうきうきした様子で紙を鞄に仕舞い、校門を潜った。稔も仕方が無く後に続く。
後ろから走ってきた道着姿の一団が、稔と大透を追い越していった。空手部の朝練らしい。通り過ぎざまに、最後尾を走っていた石森が何か不安そうに眉をしかめたのに稔は気付いた。
「そういや、石森って樫塚の親友なんだってな。小学校から一緒だってさ。なんか正反対のタイプに思えるけど」
空手部の一団を見送って、大透が言った。
「しかも、あの二人の小学校って緑王館だぜ。石森はともかく、樫塚なんかよく生き残れたよな」
近隣で悪名高い小学校の名前を出して大透が苦笑いをする。稔は幼稚園の途中で隣町に移ったから詳しくは知らないが、緑王館というのは陰で「犯罪者予備軍養成所」とまで呼ばれるほどの小学校だ。学級崩壊とイジメの巣窟と言われており、卒業生の多くが不良か引きこもりになることから「裏進学率100%」などという不名誉な評判を立てられている。内大砂は受験はないが、補導歴のある生徒には面接が行われることになっている。それでなくとも、緑王館から規律に厳しい内大砂に入る子供は滅多にいない。
「緑王館出身の樫塚が学年一の秀才なんだから、皆びっくりしてたよな」
大透が言うのに稔も頷く。上級生から文司を庇っていた石森の姿を思い出す。学級崩壊の温床と呼ばれる緑王館の教室で、あの二人はああやって支え合ってきたのだろうか。
「でも、親友って言うより、石森が樫塚を守ってたっぽいよな。樫塚ってカッコつけてるけど実は気ぃ弱そうだし、石森は面倒見良さそうだしな」
同じことを考えたのか、大透がそう言って頭を掻いた。
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