第85話 惚れた!

 翌朝。


 舞衣が起きると、いつものように、先に慎也が起きていて、既に布団には居ない。

 祥子が居ないのも、いつものこと。彼女は朝食準備であろう。

 が、女鬼三人も、既に居ない…。


 布団から出て、離れの居間に行くと、変な光景が広がっていた。


 読みにくそうに新聞を読んでいる慎也。

 その慎也の肩をんだり、腕をさすったり、とにかく、ベタベタくっついているアマ。

「姫様がなんてことを!」と、オロオロしている、トヨとタミ…。


(いったいこれは、何?)


「あ、舞衣さん、おはよう」


 慎也の挨拶に、舞衣も返す。…対象を広げて。


「おはようございます。慎也さん、みなさん」


「おはようございます」


 トヨとタミは、すぐに丁寧に頭を下げて返した。しかし、アマは慎也にベッタリで、舞衣を見ようとしない。


(な、何なのよ!)


 あまり良い気分で無いが、「お客様」であるから、放っておいた。


 その後もアマは、慎也が神社へ向かうまで、くっついていた。着替えまで手伝おうとするが、それは慎也が断った。

 慎也が出て行くときには、玄関で正座し、三つ指ついて、


「いってらっしゃいませ」


 祥子、恵美、沙織、杏奈、環奈は、呆気あっけに取られて見ている。

 トヨとタミは、相変わらず、「姫様がなんてことを…」と、オロオロしながら、アマにならう。

 そして、舞衣は、何だか面白くない。



 一日の仕事を終え、神社から慎也と舞衣が一緒に帰ってくると、玄関にアマが正座して待っていた。


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 優雅に、丁寧にお辞儀する。…が、「ご主人様」?


「お仕事、お疲れ様にございました」


 サッと慎也の手を取って、玄関から奥へ導く。

 舞衣は口を開けてフリーズ。迂闊うかつにも見送ってしまった。


 祥子は夕食準備で先に帰宅していたので、この場面を見ていない。

 しかし、買い物に出ていて丁度一足遅れで帰ってきた恵美は、これに遭遇。やはり、唖然あぜんとしていた。

 

 アマはそのまま慎也と部屋まで行き、こちらも呆然ぼうぜんとしている慎也の、着替えを手伝う。 

 我に返って、慌てて慎也の様子を見に来た舞衣…。

 だが、アマがベッタリくっついていて、近づくすきを与えない。

 着替え終わった慎也の肩を、アマがみだした。

 舞衣の機嫌は、どんどん悪くなる。

 後ろからのぞき込んでいた恵美も、これには困惑気味だ。


 夕食時も、この険悪な雰囲気が続く。娘たちは舞衣の雰囲気におびえて、ちぢこまっていた。




 湯船につかりながら、慎也は、少し困っていた。

 アマが世話を焼いてくれるのは、正直嬉しい。

 今まで種馬扱いで、あまり良い待遇を受けた記憶が無い。

 鬼ではあるが、アマも美人だ。それが、事細かに世話を焼いてくれる…。悪い気がするはずが無い。

 ではあるのだが、それで、他の皆がギクシャクするようでは困るのだ。


 そんなことを考えていると、急に浴室の扉が開いた。

 驚いて、そちらを見ると…。全裸のアマ…。


「御主人様。お背中お流しします」


 アマが嬉しそうに駆け寄って、慎也の手を取り、湯船から引き上げようとした。


「ちょ、ちょっと、アマさん! そんなことしなくて良いから!」


 慎也は、あわてて断ろうとする。


「そうおっしゃらずに。遠慮ご無用です!」


 無理に引き上げようとするアマ。


「コラー! 父様から離れろ! この淫乱鬼!」


 さとが飛び込んできた。

 これには、アマもひるんだ。彼女はさとが苦手なのだ。何しろ、肛門に張形を突っ込まれたトラウマがある。


「母様!大変です!淫乱鬼が父様を誘惑しています!」


 あいも叫んでいる。それを聞いて、舞衣が駆けつけてきた。


「あ、アマさん、何してるの! いくら何でも、許しませんよ!」


「許すも許さぬも、あるものか! 私は、ご主人様のお背中を流しにきただけだ!」


「慎也さんは私の主人であって、あなたの主人じゃありません!」


 今にもつかみ合いの喧嘩けんかになりそうになり、慌てて杏奈・環奈と、トヨ・タミが、それぞれの主を、それぞれ二人掛かりで引き離した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る