第83話 帰還と捕虜?

 日が沈み、月が出た。

 アマに異界の門を開いてもらい、妖界月影村から人界へと、慎也たちは戻ってきた。アマと、他の女鬼二人、トヨとタミも連れて。


「あ、灯りがついた! 宮司さんたち、帰ってきたみたい」


 美雪と早紀が駆けてくる。

 今朝、巫女アルバイトに出てきた美雪と早紀は、神社が閉まったまま、家は門も鍵もが開いたままだが、全く誰もいない状態で、途方に暮れていた。

 何かあったのかもしれない。しかし、どうしようもなく、とりあえず境内の掃除をし、一旦帰って、二時間おきくらいに様子を見に来ていたのだ。


「あら~お二人さん。ゴメンナサイね~。みんなで、鬼ヶ島へ鬼退治に行っていたから~」


「え、鬼ヶ島?」


「そうよ~。あ、チョッと上がってよ~。戦利品があるから~」


 恵美に招かれて、二人は、慎也宅の離れに入った。


「戦利品って、なんですか?」


 鬼が島からの戦利品…。宝物か何かだろうかと、興味津々で恵美に続く。


「はい、あれ!」


 恵美が扉を開けて指差したのは……。部屋の中で坐っている、三人の女鬼!


「キャー!!」


 二人は叫び声と共に、後ろに下がった。が、恵美に引っ張られ、部屋に入れられた。


捕虜ほりょです!」


「へ?」


と、美雪と早紀…。

 鬼三人は顔を見合わせた。


「我らは、捕虜なのですか?」

「まあ、そんなものかもしれないわね」

「姫様、捕虜にしては、破格の好待遇ですよ」


 ヒソヒソ話し合い、うなずき合っている。


「嘘よ、捕虜なんて! 恵美さんの冗談だから、気にしないで。あなたたちは、お客様です」


 同室していた舞衣があわてて、恵美の発言を訂正した。


「美雪ちゃん、早紀ちゃん、ごめんなさいね。昨日、帰ってくるつもりだったんだけど、帰れなくなっちゃって」


「ま、舞衣さん! なんです?これ、どういうこと?」


 美雪は鬼と舞衣を交互に見て、舞衣に詰め寄った。

 それに対して、また恵美が口をはさむ。


「だから、捕虜~!」


「違う!」


 舞衣は、ヘラヘラする恵美をにらんだ。


「ちょっと事情があって、家で預かることになりました鬼さんたちです」


 鬼三人が姿勢を正し、お辞儀した。

 美雪と早紀も、あわてて頭を下げた。


「彼女たちに~、種付けしてあげることになったのよ~」


と恵美。


「はあ? 種付けって……。子供を作るってことですか?」


「そうよ~。美雪ちゃ~ん」


「恵美さん、表現が悪いわよ。まあ、早い話、そういうことだけど…」


と舞衣。


「え? え? ま、待って? この鬼さんに? 誰が?」


「誰がってねえ。ここに男は、うちの旦那しかいないから……」


 流れでこうなってしまったが、舞衣は特に違和感も無く受け入れていた。

 慎也は「龍の祝部」であり、いわば「種馬」…。「種付け」が使命だという認識だ。


 しかし、その舞衣の返答に、美雪は頭痛を覚えた。そして、舞衣と恵美の腕をつかみ、引っ張って廊下に出た。

 早紀もあわてて続く。


 美雪は扉をキッチリ閉め、廊下に正座して、舞衣と恵美に、自分の前方を二度、指差した。

 坐りなさいの合図だ。それも、廊下の板間に直接…。


 舞衣と恵美は顔を見合わせ、「なぜ?」という表情で、美雪の前に正座した。


「前から思ってましたけど…。皆さん、か・な・り、イカレテますよ…。

 いいですか?普通は、夫一人に妻一人です。なのに皆さんは妻六人。

 まあ、これは事情があることですし、世界には一夫多妻のところもありますから、許してあげます。

 それでもですね、みんな合同で、一晩に全員と、その、なに? そう、ナニ! そのナニを、みんなでスルって、相当異常ですし、その上、今回は鬼さんと、御主人にナニさせるって…」


「美雪…。ナニナニナニナニ言ってて意味分かんなくなってるよ。

 あ、あの…。もしかして、夜の生活に、あの鬼さんたちも加えるってことですか?」


 美雪の隣に正座して尋ねた早紀に対して、舞衣と恵美は一旦顔を見合わせてから正面を向き、舞衣が答えた。


「まあ、そういうことね」


 美雪はガックリうなだれ、溜息ためいきをついた。

 そして、キッと前に坐る二人をにらむ。


「もういいです! 帰ります!」


 美雪は一人でプリプリ怒り、オロオロする早紀を引っ張って出ていってしまった。


「あ~あ、怒っちゃった~。美雪ちゃん、アノ日だから、機嫌悪いのよね~」


 正座したまま残された二人の内の一人、恵美がつぶやいた。


「なんで、そんなこと知ってるの?」


 いぶかしんで問う隣の舞衣に、恵美は正面を見たまま答える。


「この恵美さんに、見えないものはありません!」


 透視して生理中であることを確認したらしい。


「あなたね、そういうの、良くないわよ」


「そういう舞衣さんこそ、人の心読むくせに~。で、美雪ちゃんは、何を怒ってたのかな~?」


 舞衣の方を見ないでく恵美に、舞衣も、去っていった二人がいた方を向いて答えた。


「一言で言うと、嫉妬しっとかな……」


「嫉妬?」


「美雪ちゃんはね、最初から奈来早神社のことに関わっているのに、自分だけ取り残されている気がしてるのよ。

 そもそも、前々から慎也さんに好意を持っていたみたいだし…。

 でも、私といきなり結婚しちゃうし、その上、次々妻が増え、今度は鬼さんまでとなるとね…」


「ふ~ん。で、自分も妻に加えてもらいたいのかな~?」


「今のところ、そこまでの気は無いみたいね…」


「じゃあ、この先、踏ん切り着けて~、妻に加えてください~って言って来たら、舞衣さんどうする~?」


「………。どうしようかしらね…。

 彼女は、とっても良い子よ。でも、こんな異常な仲間に入って、彼女にとってそれが幸せかどうか…」


「幸せなんて、その人の感じ方次第でしょ~?

 ど~んなお金持ちでも、気持ちが満たされていなかったら幸せじゃないし~、貧乏でも、その人が『自分は幸せ~』と思えれば、幸せなんだと思うけど~」


「そうなのよね。でもね、本人が良くても。周りがね…。

 自分の価値観と違うものは、なかなか認め難いからね。自分の思う幸せを押し付けてしまうのよね」


「だよね~。特に親は、愛する子供に幸せになって欲しいもんね~。

 だから、自分が思う幸せを、子供につかんで欲しいと願う~。

 それが子供の思う幸せと違ってもね~。

 そして、子供がそれから外れると~、不幸だ~と嘆いて子供を引き戻そうとするのよね~」


「それこそが、不幸の始まりなのにね……」


 しばしの沈黙の後、舞衣は尋ねた。


「恵美さん。あなた、幸せ?」


「なによ~、いきなり~。私は、とっても幸せよ~! この生活、とっても楽しい! 

 舞衣さんこそ、幸せ~? 新婚生活に私たちが乗り込んじゃって…」


「私も幸せよ! 最初はどうなるかと思ったけど、みんなとっても良い人だし、みんなとの生活、とっても楽しい!

 私は、やっぱり寂しがり屋なのかな? 賑やかな方が好きなのよね」


「そう? よかった…。

 でもね~。この生活~。いつまでも、このままとは行かないわよ~」


「え?」


 舞衣は、恵美を見た。

 恵美は相変わらず、正面を向いたまま、目を合わせない。


「私は実家を継がなければならない~。でも、まあ、これはすぐに~というわけでは無いけどね~。

 それより~、沙織、杏奈、環奈よ~。彼女たちも~、間違いなく、ここの生活を幸せと思っている~」


 一呼吸置いて、口調を変え、声を落として、恵美は続けた。


「でも、神子かんこが育つまでということで、ここに居ることを許されているの。

 神子かんこが旅立てば、自分たちの意思とは関係なく…。

 連れ戻される…。間違いなく」


 舞衣は言葉を発することが出来なかった。


 さっき恵美が口にした「親は…」という話。あれは一般論であると同時に、沙織たちのことであった。

 沙織たちが、ここの生活を楽しんでいることは知っている。心を読めるのだから、勘違いであることは決して無い。

 だからこそ、彼女たちが居なくなるということを、想像出来なかったのだ……。

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