第74話 恵美、切腹!

 慎也と舞衣は、娘たちを連れ、丁度帰ってきたところだった。恵美から連絡を受け、慎也が大慌てで、車で迎えに来た。

 が、恵美は慎也が近寄るのを拒否した。

 自分が汚物まみれになっているのに気が付いたのだ。


 …鬼に腸を引き千切ちぎられ、血はもちろん、腸内の内容物もグチャグチャに飛び散って、体にベットリついている。

 吐瀉としゃ物の酸っぱい臭いに排泄はいせつ物のような臭いが混じった、トンデモナイ汚物臭が漂っている状態…。


 こんな姿、慎也に見られなくないし、絶対臭いをがれたくない。


 だが、それまで、そんな状態の恵美を直接背負っていた祥子に叱り飛ばされ、抵抗空しく念力で車に放り込まれた。…車の中で、渡された着物を羽織って胸を隠す。


 全裸血まみれ状態(返り血で…)の沙織も、着物を羽織り、恥ずかしそうに乗った。

 祥子は、短刀と鬼が持っていた神鏡を回収して、助手席に乗り込んだ。


 沙織は乗り込むなりスマホで公安に連絡して、後処理を依頼した。

 祥子によって車に放り込まれた恵美は、後部座席の慎也から少しでも遠いところへ行こうとして、端っこでうずくまっていた。そして、痛そうに腹部を押さえている…。


「そうじゃ、主殿。恵美が大変なのじゃ。急ぎ治療せんと、ハラワタが腐って死んでしまうぞ」


 祥子は車中で顛末てんまつを話した。


 沙織がスマホで、家にいる舞衣に風呂を沸かすように依頼。家に着くと、急ぎ恵美を浴室に連れて行き、裸にしてシャワーを浴びさせた。

 その間に、血まみれの沙織も、顔と手の血を洗い流す。


 気を提供してヘロヘロになりながらも、二人で支え合って何とか帰ってきた杏奈と環奈。心配そうにしているが、刺激が強すぎるだろうと、舞衣に別室へ連れて行かれた。

 これから再度恵美を開腹して、内臓を洗わなければならないのだ。いくら散らばっていた恵美の内臓を集めたのが杏奈と環奈だったといっても、そう何度も見たいものではないだろう。


 血まみれの恵美と沙織を見て半狂乱になっている、つき(恵美の子)とさち(沙織の子)はじめとする娘たちも同様に、治療の様子は見せない。


 ということで、立ち会いは沙織、治療するのは慎也と祥子ということで決まりかけたが、それに全裸の恵美が異を唱えた。


「嫌!慎也さんは外に居て! 祥子さんにやってもらう!」


「まてまて、ワラワの力だけでは難しいのじゃ。洗うだけでは細かな異物が除去できぬ。ワラワがそれを除去して、同時に主殿が治すのじゃ。我儘わかままばかり言うでない!」


 恵美は不機嫌丸出しだ。

 だが、祥子だけでは無理となると、受け入れざるを得ない。

 一旦は、だまって、風呂の椅子に腰かけた。


 が、慎也が刃物を恵美の腹部に当てようとすると、また恵美が無茶を言い出した。


「待った! やっぱり嫌!自分で切る! 慎也さんは外に出て!

 自分でやるから、治すときだけ来て!」


 これには、沙織がキレた。


「いい加減にしなさい! 自分で出来るわけ無いでしょう!

 早くしないと、中身が腐って死んじゃうわよ!」


 すったもんだしているところへ、杏奈と環奈を連れて行ったはずの舞衣が顔を出して、手招きをする。

 慎也、沙織、祥子が、そっちに行くと、舞衣が小声でささやいた。


「恵美さん、汚物まみれになっていたのを慎也さんに見られて大ショックなのよ。その上、自分の気持ち悪い内臓を慎也さんに出してもらうなんて、絶対あり得ないって思ってるの。

 彼女、ああ見えて、『慎也さんラブ♡』だから…。女心を分かってあげて」


 舞衣は、恵美の心を読んだのだ。それだけ言うと、退出していった。


 慎也たちはうなずいた。そして、恵美を見た。

 心を読まれたのを察したのだろう。下唇を噛み、微妙な顔をしている。


(舞衣さん、余計なこと言っていったな…)


 しかし、それでもまだ、恵美は強がって見せる。


「切腹体験なんて、めったに出来るもんじゃないからね~。実は、やってみたかったのよ~」


 そう言い放って、刃物を持ち、洗い場で椅子に腰かけ、刃物を自分の腹部に当てる恵美。

 見守るのは、祥子と沙織。

 慎也は扉の向こうで待機。


「スパっといけ。其方そなたはもう、結構出血しておるのじゃ。急いで洗って戻さぬといかぬぞ」


 祥子に急かされる恵美…。だが、口では平気そうに言っていても、やはり怖いのだろう、脂汗がにじんでいる。

 沙織も、もう反対しない。何も言わず、見守る。


「大丈夫じゃ。ワラワもやったことがある。ブスっと刺して、下に押し切るように裂けば楽に出来るじゃろ」


「えっ、祥子さん、切腹経験者?」


「うむ、仙界でな。主殿に治癒してもろうて、それでこちらに千年ぶりに戻れたのじゃからな。正妻殿も同じじゃぞ」


「そうなんだ……。第一夫人と第二夫人がしているのなら、今回は、第三夫人の私の番ね~。よし、えい!」


 恵美はそう言って、刃物の刃を下に向け、自分の腹部上方にズブッと突き刺した!

 …ただ、一つ誤解が……。舞衣は自分で切ったのではなく、慎也に切ってもらったのであったが…。まあ、それはこの際、どうでも良い。


「う、うあ~、い、痛いな~」


 恵美は、そのまま一気にへそ下まで、自らの腹を豪快に切り裂いた。

 赤い血が、ダラダラとこぼれ落ちる…。

 が、構わずぐに刃物を置き、顔をしかながらも、右手をパックリ開いた傷口に突っ込む。


 荒い息をしながら腹の中のモノをグッとつかみ、ゆっくり右手を引き出す恵美…。

 砂まみれの小腸・大腸がズルズルと外へ出てきて、グチュグチュうごめいている。これだけ砂にまみれていれば、れて、かなり痛かったはずだ。

 実際、出て来た腸は細かな傷だらけになってしまっていた。


「やっぱグロいよ~、これ~。女の子としては、あんまり見ないで欲しい~」


「バカなこと言っておるんじゃない!」


 祥子がシャワーで、腸に付着している砂を洗い落とす。そして、体外へ出ている大腸・小腸を恵美本人に持たせ、沙織と協力して恵美の両肩を持ち、彼女を湯へ入れた。

 恵美の腸がプカプカ湯船に浮かび、湯は血で真っ赤になってゆく。


「腹の中も、よく洗っておけ。下の方の、子袋辺りに砂が溜まっておるかもしれぬぞ」


 祥子の指示に従い、恵美は手を腹に突っ込み、下腹部内をまさぐる。

 パックリ切れている腹の傷…。麻酔なんてしていないので、当然ながら物凄い痛みだ。その苦痛に耐えながら、恵美は切り口を下に向け、中に溜まっている砂を掻き出した。

 腹の中に詰まっているはずの彼女の腸は、腸間膜で繋がってはいるが、全て体外に出てしまい、湯に浮かんでいる。今、恵美の手に触れているのは、子宮と卵巣。そして、肛門に繋がっている大腸の直腸部分だ。

 さらに奥の少し上方へ手を突っ込むと、太い血管に触れた。これは、体内で最も太い大動脈…。

 ドク、ドク…と規則正しく、力強く、脈打っている。


 あの時、恵美の小腸大腸を千切ちぎり捨てた鬼は、さらに彼女の内部へ手を入れようとしていた。


(これ破かれたら、出血多量で死んでたよね、確実に……。良かった。私、今、生きている……)


「もう良いじゃろう。主殿、入ってきて良いぞ」


 祥子の声に、ハッとして恵美は、腹から手を出した。


 外で待機させられていた慎也が入室し、湯に両手を入れた。

 浮いている腸に触れられ、恵美は恥ずかしそうにうつむく。

 祥子も湯に手を入れて念を込めた。恵美の腹部から、残っている異物を除去すべく…。


「よし、主殿。よいぞ」


 祥子の声とともに、慎也は治癒を念じた。

 湯に広がっている恵美の大腸と小腸が、彼女の腹部に吸い込まれて行くように、ゆっくり順番に入ってゆく。全て中に納まってしまうと、慎也は、恵美の腹部に手を当てる。

 傷が消えてゆく…。


「よし、終了じゃ。」


 血で赤く染まってしまったお湯を抜くと、浴槽の底には砂が溜まっていた。


「結構、砂入ってたね~。痛かったはずだ~」


 恵美はホッとした表情でつぶやいた。やはり、かなりの痛みを我慢していたようだ。


 鬼の返り血を被っている沙織が、シャワーを浴びるのを兼ねて風呂の掃除をすることを申し出る。まあ、沙織もゆっくりと血を落としたいだろう。後は任せることになった。


 恵美は、体を洗った後、出血による貧血で少しフラフラしながら、脱衣所で服を着た。

 脱衣所から出ると、杏奈と環奈が走り寄ってきた。


「恵美姉様。よかった!」


「ありがとう。二人が私の内臓拾ってくれたから助かったのよ~。気持ち悪いことさせちゃって、ごめんね~」


「そんな、気持ち悪く何てありませんよ。私たち、一応、医大生ですから!」


 元気にそう言うが、杏奈と環奈は、恵美に抱き着いて泣き出してしまった。

 娘たちも全員走り寄ってきて、恵美にしがみつき、同じように一斉に泣き出したのだった。

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