第246話 くっころ男騎士と腹ペコ忍者たち
襲撃を受け、捕虜まで得てしまった以上、このままデートを続行するわけにはいかない。大変に残念ではあったが、僕たちはカルレラ市に戻ることとなった。
連れ帰った捕虜たちを部下に任せ、僕たちは食事をとることにした。なにしろ、あのアホエルフどもは朝食の真っ最中に攻撃を仕掛けてきたのだ。せっかくの料理は戦闘の余波で滅茶苦茶である。僕たちはすっかり、お腹がぺこぺこになっていた。
「うまっ! うまっ!」
「おおっ、肉が入っちょっじゃらせんか。こりゃうまか!」
そういうわけで僕たちは領主屋敷のダイニング・ルームで朝食だか昼飯だかわからない食事をとっていた。その中には、あのエルフ忍者たちの姿もあった。助勢(とはいっても、虚無僧エルフたちは実質的に彼女らが独力で倒したわけだが)のお礼として、食事を提供したのである。
あきらかに精鋭部隊の人間とわかる彼女らも、やはりエルフェニアの所属。当然のように欠食状態だったので、この申し出には大層喜んでくれた。
「なるほどな。君たちはダライヤ氏の命を受け、密かに僕を護衛していたわけか……」
うまそうにバクバクとパンとスープをドカ食いするエルフ忍者たちをちらりと見つつ、僕は言った。予期せぬ襲撃で、僕は殊更に疲労感を覚えていた。いっそのこと、彼女らのように無心でメシをかき込みたい気分になっていたのだが……それが許されるのは兵か、せいぜい下士官までである。士官である僕にそのような自由はない。
この忍者どもがダライヤ氏の部下であることはすでに聞いていたが、やはり怪しげな連中だけに詳細を聞いておく必要があった。幸いにも、忍者リーダーは気さくにこちらの質問に答えてくれている。どうやら、ダライヤ氏から積極的に情報開示をしてよいと指示をうけている様子だった。
「そん通りじゃ。ダライヤ婆様は、叛徒どもん村で起きたあん一件を
忍者リーダーの説明に、僕は小さく唸った。なるほど、過激派の刺客をエルフ自身の手で排除することで、融和派は己の本気度を示す腹積もりらしい。
だったら最初から姿を現して大々的に護衛をしてくれれば良いものを、と思わなくもないが……忍者は正面戦闘で侍に勝利するのが難しいのである。エルフ版忍者もそれは同じようで、襲撃者に対して奇襲を仕掛けるために姿を隠していたとのことである。……それにしたってせめて僕には知らせておいてほしいが。
まあ、今さらあれこれ言っても仕方がない話だ。クレームは命令者であるダライヤ氏につけるとして、僕は忍者リーダーに別の疑問をぶつけることにした。
「結局、君たちの懸念は的中してしまったわけだが……今回の襲撃は、本当に"新"の反"正統"派閥の者が仕組んだことなのだろうか?」
「おそらくは。まあ、たんなっ野良強盗エルフちゅう可能性もあっとどん」
忍者リーダーは、チラチラと料理を見つつそう言った。士官が見栄を張らなきゃいけないのは、ガレアもエルフェニアも同じのようである。
「じゃっどん、今はリースベンの民や財物を害すべからずちゅう令が出ちょります。盗人働きをすっにしてん、隣国ん……ズューデンベルグやったか? あちらへ行っとじゃらせんかと」
「君ら、ズューデンベルグにも遠征してるのか……」
思わず僕は呆れてしまった。山越えまでして野盗じみた真似をしているわけか。無駄に根性が据わってるな。ズューデンベルグ領の物流が妨げられると僕たちも困るので、次回の会議で強盗行為そのものを禁止するように頼まなきゃならん……。
「まあ、あのエルフどもがどうしてこのような暴挙に出たのかはいずれ明らかになることでしょう。捕虜が四人もいるのですからね」
香草茶のカップを片手に、ソニアが言う。彼女は妙に顔色が悪かった。聞いたところによると、二日酔いだそうである。彼女が二日酔いになるなど、いままで一度もなかったことだ。流石に少し驚いてしまった。
まあ、彼女の言うようにこちらには捕虜が居るからな。しっかりと尋問すれば、ある程度の事情は判明するだろう。……しかし、連中は若い半人前のエルフらしいからなあ。実際のところ、あまり大した情報は持っていないだろうが。所詮は鉄砲玉である。
「しかしそれはさておき……アル様の身が明確に狙われた、というのが問題ですね。我々としては"新"に抗議せざるを得ませんし、今後の警備体制も見直す必要が出てきました」
「まことに申し訳なか」
忍者リーダーは頭を下げた。……救援からこっち、頭を下げっぱなしだなこの人。他人事ながら、同情してしまいそうだ。
「……」
しかし、可哀想な人はこちらにもいる。ジルベルトだ。彼女は一見平素通りの態度に見えるが、よく見れば動きや発言に精彩がない。優れた指揮官というのはたいてい演技が美味いものだ。ジルベルトも、例外ではない。そんな彼女が目に見えるほどのダメージを受けているのだから、その落ち込みようは大変なものがある。
やっぱり、告白の邪魔をされたせいだろうか? どう考えてもアレ、愛の告白だったしな……。僕としても、あの言葉の続きは非常に気になる。いやまあ、彼女は
何はともあれ、あとで二人っきりで話す機会を作っておくべきだな。恋愛についてはそこらの少年少女以下の経験しか持たない僕でも、こういう状況をそのまま放置しておくのはマズいということくらいは理解できるし……。
「……エルフとの融和路線に冷や水をかけられたのは事実ですが」
そんなことを考えていると、等のジルベルトがそう発言した。ひどく抑制の効いた声だ。
「しかし、これが反"正統"を掲げる勢力の策謀だとすれば、その思惑に乗るというのも面白くありません。対エルフの行動方針に関しては、現状維持を続けるべきだと愚考する次第であります」
「確かにそれはそうだな。ここでイモをひいたら、それこそ奴らの思うつぼだ」
現状、僕たちは"新"内部の融和派と強硬派の分離を狙うという作戦をとっている。とうぜん、強硬派からすれば面白くない状況だろう。彼女らが僕たちを目の仇にするのも当然のことだ。初志を貫徹しようと思えば、この程度の嫌がらせでエルフに対する手を緩めるわけにはいかない。
しっかし、なんでせっかくの休日にこんな面白くもない話をしなきゃいけないんだろうね。普通に腹立ってきたな……。いや、いかんいかん。指揮官たるもの常に冷静でなければ。ジルベルトを見習って、僕も落ち着こう。
「……イモといえば、我々のイモ料理はどうだろうか? 諸君らの口に合えば良いのだが」
気分を変えるために、僕はエルフ忍者たちに向かってそう言った。今日のメニューはいつもの軍隊シチューに"新"から輸入された
「
フォークに刺したイモを見せつつ、忍者リーダーはにこりと笑う。……サツマイモを食ってる忍者、略して薩摩忍。そんなくだらない考えが脳裏に浮かんでくる。薩摩忍は何の感度が三千倍にされるんだろうね? チェストに至るまでの判断基準? ……そこまでいったらもはや全自動殺戮マシーンだな。
いかんいかん、僕の頭がアホになりつつある。ストレスのせいかね? そのストレスを解消するための休日がこんな有様なんだから、たまったもんじゃないな、まったく……。
「それは良かった。お代わりはいくらでもあるから、腹いっぱいになるまで食べてくれると嬉しい」
忍者リーダーに笑顔を向けつつも、僕の内心は憂鬱だった。エルフの刺客も、流石にカルレラ市の市内には侵入してこないだろうし……この会食が終わったら、ジルベルトとどこかへ出かけようかな? 出来るだけ早く、あの告白めいた言葉の真意を聞きただしたいところだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます