第227話 くっころ男騎士と幹部会議(1)
その日以降、リケ氏は自決をしようとはしなくなった。説得は成功したと判断していいだろう。だが、エルフがらみの問題は他にいくらでもあった。僕は自分の執務室で部下から上がってきた報告書を読みつつ、深いため息を吐く。
「案の定、だよなあ」
「ええ、案の定です」
僕の言葉に、ソニアが同調する。報告書の内容は、"新"と"正統"の連絡員同士がトラブルを起こしたというものである。まあ、そりゃそうだよな。あいつら、犬猿の仲だし。しかも、他に適当な建物がないからって、双方領主屋敷に滞在してるし……。
薩摩藩士と会津藩士が同じ屋敷に住んでいるようなものだから、トラブルを起こさない方がおかしい。流血沙汰にまで至っていないのがほとんど奇跡のようなものだから、こればっかりは僕が悪い。悪いのだが、なんともならない。民家を徴発して仮の大使館とする案もあったが、カルレラ市参事会の反対により廃案になってしまった。
「あんな野蛮人共を市内で受け入れるのすら、許しがたいのです。連中はどうか領主屋敷から出さないように」
とのことである。まあ、言いたいことはわかるよ。あいつら、マジで野蛮だしなあ。街の実質的な運営者である参事会としては、当然拒否するだろうさ。
僕は一応領主だが、こういう問題ではあまり強権は振るえない。参事会の連中がストライキを起こし始めたら、市の運営がおぼつかなくなるからな。貴族というと絶対的な権力者というイメージがあるが、市民の連中も案外したたかなものだ。
「とはいえ、片方に出て行ってもらうというのも難しい。片方の勢力だけに肩入れする事態は避けたいからな」
とりあえず、僕は"新"と"正統"は平等に扱うべし、という方針を立てていた。まあ、ぶっちゃけると漁夫の利を狙いたいからなんだけどさ。でも、実際どっちの勢力とも喧嘩はしたくないからな。あんまり片方ばかり
"新"は勢力が大きく、兵員の数でも質でもこちらに勝っている。ただし、大勢力であるがゆえに統制は取れていない様子だ。少なくとも、"新"内部の穏健派、親ガレア派閥とだけでもある程度は仲良くしておきたい。
一方、"正統"はというとこちらも付き合い方が難しい。ほとんど一枚岩かつこちらに好意的なのはありがたいが、彼女らの要求はこちらの勢力圏内へ移民することだ。これはちょっと、飲みにくい。彼女らが占拠しているラナ火山の一帯には石油が大量に湧いているようなので、ここを"新"に奪われる事態は避けたい。
「市内に拠点を構えるのが難しいのなら、やはり郊外に移ってもらうほかありませんね。予備の兵舎を使えば、短期間で体裁は整えられるはずです」
「それはそうなんだが……エルフどもを兵隊たちの近くには置きたくないんだよな。こちらの手の内を晒したくないし……」
なにしろ、リースベン軍は結構な割合で新兵が混ざっている。古強者揃いのエルフェニア軍と比べると、なんとも頼りない有様だ。そんなわが軍の実情がエルフたちにバレたら、どう考えても"新"内部の強硬派が不埒なことを考え始めるにちがいない……。
「確かに、それはそうですね」
ため息を吐き、ソニアは香草茶に口を付けた。まったく頭の痛い問題だよな。あのエルフども、内情は滅茶苦茶なのに武力だけは高い水準を維持してるしさあ。防衛だけならリースベン軍でもギリギリなんとかなるが、殲滅を狙うならガレア王国軍の主力を持ってきてもキツそうな気がするぞ。
「とりあえず、もう一回参事会に要請を出してみよう。このままあの連中を同居させておくのはマズい」
「そうですね……取り返しのつかない事態が起きる前に、何とかすべきです」
あいつら、血の気が多いからなあ。まったく何とかならんもんかね。僕は口をへの字にしながら、視線を窓の外に向けた。いつの間にか、空の色は秋めいた深い青に変わっている。まあ、気温も湿度も相変わらず高いんだが。
香草茶を飲みつつ現実逃避していると、執務室のドアがノックされた。一瞬ドキリとするが、叩き方からして緊急性のある案件ではなさそうだ。僕は密かにため息を吐く。このところトラブル続きなせいで、若干ノイローゼ気味になってしまっているようだ。
「入れ」
「失礼します」
入室してきたのは、蒼い士官用軍服姿のジルベルトだった。この軍装はリースベン軍向けに用意させた新式であり、そのあか抜けたデザインが凛々しいジルベルトには良く似合っている。甲冑美女もいいけど、軍服美女もいいよね。眼福眼福。
「定期報告です。現在、各村付近では敵対勢力の活動は確認されておりません。平穏そのものです」
敬礼をしてから、ジルベルトはそう報告する。現在、彼女には古兵を中心に編成した部隊を任せ、国境警備に当たってもらっている。交渉中とはいえ、いつエルフどもが暴れだすのかわかったもんじゃないからな。警戒は怠れない。
「了解、ご苦労だった。……ちょうどいい所に来たな、ジルベルト。ちょっと相談に乗ってくれないか」
「……ええ、もちろんです! 我が主」
一瞬ソニアのほうを見てから、ジルベルトはにっこりと笑って頷く。僕は彼女を椅子に座らせ、従兵を呼んで香草茶を注文した。
「相談というのは、他でもない。エルフたちの件なんだが」
当然だが、ジルベルトにはこれまでに得られた情報はすべて共有している。彼女とソニアは、リースベンの両輪といっていい重要な幹部だからな。
「僕はとりあえず、両エルフェニアに停戦を要請してみようと思っている。食糧支援を対価にしてな」
「……なるほど」
ジルベルトは軽く頷いて、ソニアのほうに目配せした。我が副官も頷き返し、少しだけ思案する。どうもこのところ、この二人は仲良さげな様子である。
いやまあ、足の引っ張り合いなんかをされても困るから、協力し合っている分には別にいいんだが。しかし古参の副官と手勢を率いて参陣してきた新幹部なんて、反目しあわない方がおかしいんだよな、普通に考えて。いったいどういうやり方で仲良くなれたのか、詳しく知りたいところだ。
「両者が敵対している分には、別に構わない。むしろ、一枚岩になられる方が困る。しかしだ、全力で殴り合いをしているような状況は、それはそれで困る。お互いにヒートアップしていたら、交渉どころではなくなるからな」
そもそも、全力で殴り合いなんかしてる状況では危なくて食糧支援なんかできたもんじゃないからな。向こうの要求を呑むためにも、停戦は必要だ。
「一理あると思います。ただ、実現できるかどうかは怪しいですね。話を聞く限り、トップはともかく配下はお互い恨み骨髄の様子ですし」
「それが問題だよなあ……」
ジルベルトの主張に、僕は唸った。ダライヤ氏とオルファン氏は、必要に応じて停戦協定を飲む程度の柔軟性はあると思う。だが、末端や中級幹部はといえば、まあ納得せんだろうな。命令を無視して攻撃を続行するくらいの真似は平気でやりそうだ。先日の襲撃も、おそらくはそんな流れで実行されたのだろうし。
……襲撃、襲撃なあ。あの案件については、"新"に対してガッツリ追求しなきゃならない。厄介だなあ。あんまり詰めすぎると、交渉派エルフが"新"の内部で不利になるだけだし、さりとてこちらとしてもまったく追求しない訳にもいかない。僕たちにもメンツってもんがあるからな。
次回の"新"との会合は、明後日に開かれることになっている。それまでに、こちらの方針を決めておく必要があるだろう。ああ、しんどい。いや、もしかしたらダライヤ氏のほうがしんどい思いをしているかもしれないがね。
「正直、僕としても妙案が思いつかないんだ。そこで、君たちの意見が聞きたい。なんとかして、エルフ内戦を止める方法はないだろうか?」
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