第220話 くっころ男騎士と二正面作戦

 あのロリババアが新エルフェニア帝国のトップだったとは。流石に少々驚いたが、あの切れ者っぷりを見れば納得できることだ。僕は小さくため息を吐いてから、イモ汁をすすった。


「あん人は、オイ若造にせやった時ん教育役でな。まあ、知らん相手じゃなか」


「……ほう」


 微かに懐かしさを含んだような声で、オルファン氏が言う。口ぶりからして、決して悪い関係ではなかったようだ。そんな相手とも敵味方に別れて戦わなくてはならないのだから、内戦というやつは本当にクソだ。僕は何とも言えないような気分になって、残り僅かなワインを少しだけ飲んだ。


「じゃっどん、今となっては打倒すべき敵や」


「あの人にもあなたにも、やるべき仕事がある。それが相いれない以上、戦う他ないと」


「わかっちょっじゃらせんか。ほんのこて女々しか男じゃな、おはんは」


 薄く笑って、オルファン氏は頷いて見せた。しかし、女々しい呼ばわりされると何とも言えない気分になるな。まあ、向こうとしては褒めてるんだろうが……。


「……ダライヤ氏の話は興味深いが、今はもっと建設的な話をしよう」


 どうも、オルファン氏とダライヤ氏はそれなりに親しい関係にあったようだ。"新"に対する戦略を練るためにもダライヤ氏の性格や価値観について詳しく聞いておきたいところだが、オルファン氏も部下の目のある場所ではあまり率直な意見を言えないだろう。その辺りは後回しにするとして、とりあえず本題に入ることにしようか。


「僕は君たちと取引がしたい。そのためにここにやって来たんだ」


「取引? 見てん通り差し出せっもんなあまりなかが、マァ話だけは聞くど」


 周囲の粗末な竪穴式住居群をちらりと見て、オルファン氏は皮肉げな様子で笑った。……内戦が始まる前は、こうじゃなかったんだろうなあ。おそらくだが、かつてのエルフはガレアにも負けない立派な文明を持っていたのではないだろうか?

 しかし、火山の噴火とそれに伴う内戦により、エルフ文明は完全に崩壊してしまった。ポストアポカリプス、世紀末ヒャッハー時代だ。正直なところ、一般エルフ兵のアレっぷりを見てると前世で読んでいた漫画に出てくるモヒカン軍団を思い出さずにはいられないんだよな。


「ウン……まあ、過大な要求をする気はない。僕らが必要としているのは、まず第一に情報だ。例えばこの地図であったり、僭称軍共の軍備であったり」


「なっほどな。よかじゃろう、知っちょっ情報はすべて話す。ないでん聞いてくれ……そん代わり、貰ゆっもんな貰うどん」


「対価ね。一体、君たちは何が欲しいんだ」


 頷くオルファン氏に、僕は分かり切った質問をした。この雑草しか入っていない汁物をみれば、まあそりゃあこのエルフたちが何を求めているかなど考えずともわかる。


オイは戦い以外んこっにはびんたん回らん人間や。じゃっで単刀直入に言どん、とりあえず食料を寄越してくれ欲しいど」


「食料ね……」


 思った通りの要求である。僕は少し思案した。少々の量ならば、まあ問題はないが……この集落の人間全体を養う量となると、実現は難しくなってくる。この村と我らがカルレラ市は、それなりに離れているのだ。輸送の問題がある。

 街道さえ通っているなら、まあ何とでもなるんだが……そんなものはないからな。使えるとすれば……僕は、あぐらをかいているオルファン氏の膝の上に乗った地図に目をやった。思わずその真っ白い素足のほうに視線がいきそうになるが、鋼の自制心で我慢した。


「……ふーむ」


 その地図によれば、カルレラ市の隣を流れる大河がこのラナ火山の傍まで続いているのである。この河は川幅も水深もそれなり以上のもので、ある程度大きな川船も運航することができる。安全さえ確保できるなら、下手な街道を使うよりもよほどたくさんの物資を輸送することが可能だろう。

 もっとも、その安全が問題なんだけどな。なにしろ、この川はエルフ……おそらくは新の連中の勢力圏のド真ん中を通っている。あまりにも危険だ。なにしろ、今の今まで川の下流の探索が進んでいなかったのも、エルフどもの妨害のせいだしな。


「現状の我々の力では、ラナ火山の付近にまで大量の物資を輸送することはできない。翼竜ワイバーンによる定期便を継続するのが精いっぱいだ」


「いっちょん足らんが、まあ良か。欲をけたや、僭称軍ん連中に横取りされかねん。そうなっては元も子もなかぞ」


 やや残念そうな様子のオルファン氏だったが、納得はしてくれた様子だ。しかし、ダライヤ氏といいこの人といい、エルフのトップ層はなんだかんだ理性的だな。雑兵エルフはあんな有様なのに……いや、賢明な指導者がいなければ、生き残れないような状況だったせいかもしれないな。


「じゃっどん、我々ん食料備蓄も少なか。こん村を捨てんなならん以上、長うはもたんぞ。こん冬には、全員餓死すっか玉砕すっかを選ばんなならんかもしれん。そうなればわいたちも困っとじゃらせんか?」


「……というと?」


オイらん方を向いちょった僭称軍共ん戦力が、おはんらん方へ向かうちゅうこっだ」


「……」


 確かに、その通りである。新エルフェニアの勢力は、僕たちと"正統"の二勢力に南北を挟まれる状態になっている。この両者と戦う場合、二正面作戦を強いられるということだ。

 だが、"正統"が滅亡してしまえば状況は変わってくる。"新"は全戦力をもって我々リースベン軍と相対することができるようになるわけだな。コイツは、確かに少々マズイ。ダライヤ氏はリースベンとの和睦を望んでいるようだが、あの勢力が一枚岩とはとても思えないからな。戦力的に優位に立てるなら、いっそ征服してしまえ。そのような考えを持つ者が現れてもおかしくない。

 今日遭遇したような蛮族エルフどもが、僕の領地に流れ込んでくる? 冗談じゃないにもほどがあるだろ。勘弁しろって感じだ。むろん、負けるとは言わんが……厄介なことには変わりない。ガレア本国からの増援も、すぐには来ないだろうしな。


「ちなみに、良かったら教えてほしいんだが……君たちと僭称軍、それぞれどれだけの戦力を持ってるんだ?」


オイらが四百、僭称軍が千二百ちゅうところじゃ。カラスやスズメどもを合わせてな」


 ……いや多いな! リースベン軍は千人未満だぞ!? 食料不足のエルフェニアが、それだけの兵士人口を支えられるはずが……ああ! そうだ! こいつら半士半農の屯田兵だ……! 戦っていない間は、労働力を食料生産に充てられるんだ。だから、兵士階級の人口比率が高くてもなんとかやって行けるわけか……。

 農民兵の最大の弱点は、農作業の合間に訓練を行う都合上どうしても練度が低くなってしまうことなのだが……エルフどもは寿命が長いからな。その分、経験の蓄積が多い。農民兵でも、こちらの騎士階級と同等以上の戦闘力を発揮してくる。これは非常にマズイ。質で劣ってる上に数でも劣っているんだ、こりゃそうとう苦しい戦いになるぞ。


「うーむ……」


 これまで、リースベンにはあまり大人数のエルフ兵がやってくることはなかった。この原因が二正面作戦にあったとすると、一応筋は通る。むろん、オルファン氏が自分たちにとって都合のいいことばかり言っている可能性もあるが……。

 しかし、防衛戦での戦いぶりを見るに、彼女ら"正統"の戦力も決して馬鹿にできるものではないからな。"新"が少なからぬ戦力を"正統"対策に張り付けているのは間違いないだろう……。

 ううーん、これは根本的に戦略を練り直したほうが良いかもしれないな。領民のことを考えれば、万が一にも我々は負けるわけにはいかん。何とか対処法を考えねば。


「もうちょっと、詳しい事が聞きたいな。情報料を追加で出そう」


 僕は、腰に付けたポーチから金属製の酒水筒スキットルをこっそり出してオルファン氏に見せた。彼女は一瞬ニッと笑って、近くにある竪穴式住居を指さした。


「良か。部下に聞かせ辛か話もある。二人っきりで話すど」


 ……サシ飲みが好きだねえ、エルフは。まあいいや、傍にはソニアもいる。いざとなれば、彼女を呼べば何とかしてくれるだろう。

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