第219話 くっころ男騎士と歓迎会
"新"の連中と思わしき部隊を押し返すことに成功したのは、西の空が赤くなり始めたくらいの時刻になってからだった。行動は蛮族その物としかいいようのないエルフ戦士団だが、士気・練度に関しては精強無比といっていい水準にある。なかなかの激戦だった。
被害の方は、"新"が戦死者二十八名、重傷者七名、捕虜一名。一方"正統"はといえば、戦死者十名、重傷者十二名である。防御側ということもあり、"正統"が終始有利に先頭を進めていた印象だった。ちなみに、僕たちリースベン軍は無傷である。
しかし、普通なら戦死者と負傷者の割合は一対二くらいに落ち着く場合が多いんだけどな。なんだこの極端な戦死者比率は。文字通り、死ぬまで戦った連中が多かったという訳か……。
そして、夜。村の広場ではエルフや鳥人たちが集まり、宴会をおっぱじめていた。一応名目では僕たちの歓迎会ということにはなっているが、まあ気晴らしも兼ねているのだろう。
「なんたっ女々しか剣技やろうか。まったく感服いたし申した」
「まったくじゃ。あや素晴らしか太刀筋やった。良かったや教えてくれんか」
「僅か一太刀であん憎らしか僭称軍んやつばらが二枚下ろし!こげん痛快なこっがあっか? いや無か!」
「アルベールどんなほんのこて男なんか? 確認しよごたっでチンコを出してはっれんか」
小さな焚き火の前に座った僕の周りには、エルフたちが鈴なりになっていた。どうやら、僕の剣技がエルフたちの琴線に触れた様子である。あれやこれやと質問されたり褒められたり……まあ、悪い気分じゃないな。なにしろエルフたちは外見だけは妖精じみて可憐なので、モテ期が着たような錯覚すら覚える。
「やめんかお
そこへオルファン氏がやってきて、エルフどもを追い払ってしまう。彼女らは文句をたれつつも、抵抗はせずにそのまま散って行ってしまった。少々残念である。
「ご迷惑をおかけしもた、ブロンダンどん。…………あん連中んこっだけじゃなか。昼間んこっもじゃ」
頭を下げながら、オルファン氏が木椀をさしだしてくる。どうやら、料理をもってきてくれたようだ。
「降りかかった火の粉を払っただけだ。お気になさらず」
ニッコリ笑って頷き、僕は木椀の中身を確認した。……具は
この汁物らしきナニカの他に、食べ物はなかった。それでも、エルフやカラス鳥人たちは「今夜はごちそうじゃ」と大喜びしている。もちろん食料危機云々の話は知っていたが、予想以上にひどい。
「ふむ、なかなか美味しいな」
まあ、出されたものはありがたくいただくのが僕の主義である。スプーンで謎のイモムシを拾い上げ、口に運んでみる。クリーミーで濃厚な味わいだ。ハラワタもきちんと処理しているのか、土臭さも感じなかった。全然悪くない。問題は、カロリー源であるイモやムシが少なすぎることだ。
汁物の質量と体積の大半を占めているのは、謎の草だ。これはどうやら野菜や山菜の類ですらないようで、ひどく筋張っていて青臭い。おそらく、コイツの正体は毒がないだけのそこらへんの雑草だ。食べ物がすくないので、水増し目的でいれているのだろう。
「……」
ソニアと星導士様が、ものすごい表情でイモムシを眺めている。どうやら、虫を食うのには抵抗がある様子だ。まあ、ガレアには食虫文化はないからな、仕方がないか。……僕は前世のころから、ハチノコとかイナゴとかを平気でバリバリ食ってたような人間なので全然平気だが。
「そうゆてもれると嬉しか」
少し笑って、オルファン氏は自分も芋汁を一口食べた。その笑顔には、ひどく哀愁が漂っている。憂いを帯びた高貴な顔が焚き火の明かりに照らされたその様子は、まるで一枚の絵画のように美しかった。まあ、食べているのがイモムシなので若干違和感があるが……。
「城伯殿、お注ぎいたしもす」
酒瓶を持った
「おお、ありがとう」
愛用の酒杯を差し出すと、その
「あいがたや、あいがたや。何十年ぶりかん命ん水じゃ」
「まったくじゃ。ブロンダンどんには感謝してんしきれんど」
エルフたちは、コップ一杯のワインを涙を浮かべながらチビチビと飲んでいる。これ、相当ヤバいなあ。食料はほとんどなく、もちろん嗜好品の類もまったく供給されていない。そりゃあ、好戦的にもなるってもんだ。僕は嫌な気分になって、内心ため息を吐いた。
とにかく、エルフたちの政情が安定しないことにはリースベン領も立ちいかない。しかし、はっきりいって自前で始末がつけられそうにない状況なのだから、多かれ少なかれこちらからの介入は必須である。
「ところで、ひとつお聞きしたい。昼間の連中は、君たちの言うところの僭称軍……自らを新エルフェニアと名乗る勢力で間違いないのだろうか?」
とりあえず、僕はまず一番気になっていることを聞くことにした。不可抗力とはいえ、ガッツリ"正統"の連中と共闘してしまったからな。あの蛮族どもが新エルフェニアの兵士なら、外交的に拗れてしまう可能性もある。
そもそも、今回の襲撃は意図的なものなのだろうか?
「おう、そうじゃ。
オルファン氏は、声を潜めてそう答えた。流石にこういう話は、周囲に聞かせたくはないのだろう。
「場所が知られてしもた以上、こん村も近かうちに放棄したほうが良かじゃろう。
ゲリラだなあ。どうも、エルフ内戦は"正統"側が不利な立場に立たされているようだ。"新"に比べて明らかにこちらに友好的な雰囲気を出しているのも、外部からの助けを求めているためだろうか?
「僭称軍とやらは、強大なのか」
「……」
イモムシ汁をすすってから、オルファン氏はコクリと頷いた。
「リューティカイネンどんから聞いた話じゃが、お
エルフたちに交じって酒を飲んでいるリューティカイネンくんのほうをチラリと見てから、オルファン氏はその薄い胸元から一枚の紙……というか、薄く伸ばした樹皮を取り出した。そこには、リースベン半島全体の地図が描かれている。原住民だけあって、僕らの持っている地図よりも随分と情報量が多い。
しかし、"正統"の連中はダライヤ氏らと違って、こちらの情報をほとんど知らないようだな。まあ、"正統"は見るからに寡兵だ。そもそも、僕たちの居るカルレラ市の周辺まで人を送ることができないのではないだろうか?
「北ちゅうと、北方山脈んあたりじゃろう。あん辺は、僭称軍ん勢力が近か。お
彼女が指さした場所は、確かにカルレラ市があるあたりである。僕たちが今いる場所、つまりラナ火山からは、ずいぶんと離れている。
「確かに、リースベンはちょくちょくエルフの襲撃を受けていた。もっとも、そのエルフたちが新エルフェニアなどという名前を名乗っていたことすら、判明したのはほんのこの間のことだが」
「フウン……」
片眉を上げて唸ってから、オルファン氏はワインを飲みほした。そして、やや残念そうな表情で杯の底に残った僅かなワインを眺める。飲み足りない様子だが……
「こいは
「……来た。確かに来た」
ここは、嘘をついても仕方がない。僕は頷いて見せた。そして、自分の杯をオルファン氏に渡してやる。彼女はそれを受け取りかけたが、一瞬ひどく自己嫌悪したような表情になってそれを拒否した。……どうやら、失礼な真似をしてしまったようだな。「申し訳ない」と小さく謝ってから、僕は言葉を続ける。
「彼女らの言葉の真偽を確かめるため、あちこち調べていたところで君たちと遭遇したわけだ」
「なるほど……」
思案顔で、オルファン氏は唸る。食料不足なのは、"新"のほうも同じだ。彼女らが僕らに何を求めているのかは、彼女も予想していることだろう。リースベンから"新"に食料が流れ込むようになれば、"正統"はますます危機的状況に立たされることになる。
「良かったや、使者ん名前を教えてくれんか? ログスか、それともハルファンか?」
ログスにハルファンね。どっちも利いたことのない名前だ。僕は首を左右に振ってから答えた。
「リンド・ダライヤ氏だ」
「……たまがった。頭領自ら出てきたんか」
……頭領? マジ?
「彼女は、自分のことを新エルフェニアの長老と名乗っていたが……?」
「まあ、嘘はゆちょらん。確かにヤツは長老じゃが……一年ほど前に謀反を起こしてな。僭称皇帝を殺して、僭称軍ん頭領に成り代わったど」
わあ、ちょうどエルフからの襲撃が激減した時期じゃねえか。なるほど、エルフどもが方針転換したのは、頭が変わったからか……。いやしかし、マジかよ。あのロリババア、自分の立場を偽ってやがったな!
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