第203話 くっころ男騎士とハニートラップ

 リースベン・エルフはサツマイモを主食にしていた。なんだか意外ではあるが、取引次第ではこちら側にも導入できる可能性があるというのは非常にありがたい。この芋は条件が悪くとも十分な収量が見込めるため、リースベンのような食料生産能力に不安のある土地にはピッタリの作物だった。

 ……しかし、なんでド辺境のリースベンにサツマイモなんかあるんだろうな? 前世の世界じゃ、たしか南米原産だったはずなんだが。いや、考えても無駄か。僕は学者じゃなくて軍人だからな。そういう考察をするのは僕の仕事じゃない。


「おまたせ、お兄様!」


 そんなことを考えていると、カリーナが素焼きの深皿に山盛りの揚げタマネギを乗せて駆け寄ってきた。タマネギの量が、思ったよりもだいぶ多い。カネを渡し過ぎていたみたいだな……。


「おお、ありがとう。ここじゃ落ち着いて食事もできない。どこか、落ち着ける場所へ行こうか」


 土煙を上げながら大通りを行きかう荷馬車隊を一瞥してから、僕は苦笑した。こんな土っぽい場所で食事をしていたら、あっという間に口の中がジャリジャリし始めるのは間違いない。


「うまか! うまか!」


 それから、十分後。僕たちは大通り近くの小さな公園に軍用の折りたたみテーブルやイスを並べ、揚げタマネギを食べていた。ホカホカと湯気を上げるそれを、ウルは満面の笑みを浮かべつつ口に投げ込み続けている。

 この人、出会ってからこっち延々飯を食い続けてる気がするな。いや、提供してるのはこっちなんだけどさ。そのうち、体重が増加しすぎて飛べなくなっちゃったりしないだろうな? 他人事ながら心配になって来たぞ。


「……」


 そんな彼女の姿を、カリーナが何とも言えない微妙な表情で眺めている。足を使って食事をするウルのスタイルに、違和感を覚えているのだろう。鳥人はみなこうやって食事を取るという話だが、鳥人自体この中央大陸西方ではあんまりメジャーな種族じゃないからな。カリーナの反応も、わからなくはない。


「あてが食事をしちょっと、こちらんしはみんなそげん顔をすっね」


 それを見たウルが食事の手……いや、足を止め、苦笑する。足の指でつまんだフォークをプラプラと揺らし、小さく息を吐く。


「こん国ではいっちょん鳥人の姿を見もはんでね。見慣れんのは、まあ仕方がなかやろうが」


「す、すいません。珍しくて……」


 カリーナが冷や汗をかきつつ頭を下げる。鳥人の腕は、そのまま鳥の翼のような構造になっている。当然、モノを掴むような芸当は不可能だ。さまざまな亜人種の暮らすこの世界においては、種族的な特徴にあれこれ言いがかりをつけるのは最大級の侮辱とされていた。むろん、貴族令嬢としていっぱしの教育を受けているカリーナが、その程度のことがわからないはずもない。


「気にせんでん結構ど。じゃっどん、あてらは食事ん前にはキチンと足を洗うちょる。不潔じゃとは思わじいただくっと嬉しか」


「ええと、ハイ……」


 まーた何を言ってるのか理解できてない様子だな、この牛娘は。仕方がないので、ざっくり翻訳して彼女に耳打ちしてやる。ここ数日で、僕はエルフ訛りにある程度慣れてきていた。まあ、それでもいまいちわかりづらいときはちょくちょくあるが……。


「わ、わかりました!」


 僕の言葉にふんふんと頷いて見せたカリーナは、顔を赤くしつつ何度も頷いた。そんな彼女の様子に、ウルは少し愉快そうにクツクツと笑う。


「まあ、そいでも気になっちゅうとなら、だいかに食べさせてもらうちゅうともアリやなあ。たてば、アルベールどんとかに」


 食べさせてもらう……いわゆる『あーん』か。なんだかこっぱずかしいことを言い始めたな、このカラス娘。しかしよく考えれば、鳥人は道具類を使うには不向きな種族ではある。いかに足が器用だとしても、流石に手のように自在には使えないからな。それを思えば、手を持った他種族に食事の介助をしてもらうのも、彼女らに取っては日常の一部かもしれない。


「……どうぞ」


 僕は自分の皿に取り分けていた揚げタマネギのひとかけらをフォークで突き刺し、ウルの眼前に差し出した。彼女はかなり面食らった様子でそれを見ていたが、やがて意を決した様子でそれにかぶりついた。


「見られちょらんじゃろうね……」


 タマネギを飲み込んでから、ウルはボソリと呟いて空を見上げた。そしてほっと息を吐き、頭を左右に振る。いつの間にか、彼女の顔は真っ赤になっていた。……恥ずかしいなら最初から提案すんなや!

 というか、ナチュラルに空を見上げたあたり、やっぱりカルレラ市上空にはエルフ側の鳥人が偵察に来てるんだろうな。しかしある一定の高度を取られたら鳥人と普通の鳥の区別なんかつかないし、そもそも迎撃手段が翼竜ワイバーンだけというのも厳しい。なにしろ、たった三騎しかいないからな。現状、放置するしかないということだ……。


「お次をどうぞ」


 しかしだからこそ、くだらないこととはいえ動揺を誘えたのは非常に気分が良い。ニヤリと笑って、僕は次のタマネギを差し出した。


「……」


 ウルはジロリと僕を見てから、恥ずかしそうにそれにもかぶりつく。うんうん、悪くないぞ! 彼女には会話の主導権を握られっぱなしだったが、今ならばこちらのペースに巻き込める気がする。……なんだかカリーナが、『マジかこいつ……』みたいな顔で僕を見ているが、気にしないことにする。


「そういえば、サツマエルフ芋うんぬんの時にも思ったんだが……我々は、君たちのことを何も知らない。これから交流を深めていくにあたり、この状況は非常に悪いと思うんだ」


「むぐむぐ……そ、そうじゃなあ」


 次々に差し出される揚げタマネギを啄みつつ(まあ鳥人にクチバシはないが)、ウルは頷いた。


「かまわない範囲で、いろいろ教えてくれると嬉しい」


「そりゃ、構いもはんが……」


「助かるよ!」


 妙にチラチラと周囲を気にしつつ、ウルは肯定した。どうにも、心ここにあらずと言った様子である。よーしよしよし、いいぞ。この隙に、必要な情報を教えてもらおう。

 僕は従卒の持ってきた燕麦ビール(これもそのあたりの出店で買ってきたものだ)をカップに注ぎ、ウルに差しだした。彼女はもうどうにでもなれといった様子で、僕が手に持ったままのカップに口を付ける。

 ……彼女はガレアではまず見ないような異国情緒あふれる褐色美女である。しかも胸元もあらわな薄着姿だ。そんな魅惑的な女性が目と鼻の先で喉を鳴らしつつビールを飲んでいるわけだから、妙に倒錯的なエロスを感じてしまう。うーん、役得役得。


「……一番気になってるのは、エルフの寿命だ。ダライヤ殿は御年千歳以上という話だが、外見は非常に若く見える。エルフという種族は、もしや不老不死なのか?」


 そう、問題はそこだ。もちろん(ダライヤ氏の話が本当だったと仮定して)内戦やら食料不足やらでエルフ人口がずいぶんと減ってしまっているようだから、完全な不死というわけではあるまい。とはいえ、寿命の枷が無いというだけでも、ずいぶんと脅威だ。


「こげんこっしながら他んおなごん話をすっなや……」


「なんて?」


 ウルは何かボソリと呟いたようだが、上手く聞き取れなかった。問い返しても、彼女は「ないでんあいもはん」としか答えない。……なんでもないよ、という意味かな? 本当に難しいぞ、エルフ訛り。


「おっしゃっ通り、エルフには寿命があいもはん」


 ため息を吐いてから、ウルはそう答える。……エッ、マジで不老不死なのあいつら? ますます男を攫う理由がわからなくなってきたな。繁殖の必要が限りなく薄い生き物じゃないか。訳が分からん……。

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