第199話 くっころ男騎士と蛮族カラス娘

 ダライヤ氏との会談が終わったころには、すでに西の空が赤く染まっていた。どこにエルフの潜んでいるのかわからない危険な森で一夜を過ごすなど、いくらなんでも勘弁願いたい。僕たちは農村へと戻り、そこで宿をとることにした。


「うまか! うまか!」


 村長宅の土間にて、例のカラス鳥人……ウルが騒いでいた。彼女は右足の指でスプーンをつまみ、器用に料理を口に運んでいる。テーブルマナーにうるさい人間が見たら怒りのあまり卒倒しそうな光景だが、鳥人は他のヒト種のような手をもっていないのだから仕方がない。


「なんです、あのカラス鳥人は……」


 ひどく不審なモノを見る目をしながら、村長がコソコソと問いかけてくる。


「森の中で出会ったんで、連れてきた」


 農村部の人間は、エルフに対して強い敵愾心を持っている。森の中での出来事を、正直に話すわけにはいかなかった。とりあえず、なんらかの成果を上げるまではエルフたちとの会談は内密に行う必要がある。


「大丈夫なんですか? カラス獣人といやあ、蛮族ですよ……」


「お腹いっぱいにしとけば無害なんじゃないんですか、知りませんけど」


 そんなことを言うのは、ふくれっ面のレナエルだ。今日一日世話になったということで、彼女も晩餐に参加しているのである。とはいえ、レナエルは森の中での出来事が相当に気に入らなかった様子だ。会談が終わってからこっち、ずっと不機嫌な様子だった。


「……そうそう、安全なヤツだよ、あいつは。まあ、念のため監視もつけてる。貴重な情報源なんだ、許してくれ」


「はあ、そうですか。まあ、確かにオツムの出来はあんまりよろしくなさそうなヤツですがね」


 不信感の籠った目で、村長はウルを睨みつけた。……オツムの出来は、どうかなあ。言葉が通じにくいだけで、かなり聡明そうな雰囲気があるんだよな、あのカラス娘。だいたい、あのキレ者のダライヤ氏がアホを寄越してくるとも思えないしな。とにかく、油断をするわけにはいかん。


「あの、領主様。これでよろしいでしょうか?」


 コソコソと会話をしていると、村長の夫がやってきた。彼は、小さめのバケツほどの大きさのブリキ缶が乗ったカゴを持っている。


「ああ、ありがとう」


 ブリキ缶を受け取り、テーブルの上にデンと乗せた。何の塗装もされていない大ぶりなその缶は、ほかほかと湯気を上げている。村長の夫に頼み、湯煎をしてもらっていたのだ。


「ああ、これが例のカンヅメとやらですか」


 興味深そうな様子で、ジルベルトが聞いてくる。缶詰。そう、缶詰だ。ライフル銃などと並行し、知り合いの職人にこっそり作らせていた代物である。なにしろこの世界の軍用糧食は、ひどくお粗末な代物だ。戦地に居る間はカチカチの石ころみたいな堅パンやビスケットばかり食う羽目になる。オカズも、乾燥豆や燻製チーズのような日持ちのするモノしかでてこない。

 そんな食事ばかりでは、士気があがるはずもないからな。そこで開発したのが、缶詰だった。幸いにも、この世界には既にブリキ(鉄板にスズメッキを施したモノだ)の製造技術はあった。それで缶を作り、食品を詰めてハンダで密閉する。あとは煮沸消毒してやるだけで立派な缶詰の完成だ。……まあ、鉛中毒を起こさないハンダ付け法の開発に、随分と手間取っちゃったけどな。


「そうだよ、量産品第一号だ。こいつのおかげで、我がリースベン軍の食料事情は劇的に改善するぞ」


 にっこりと笑いつつ、缶切りでブリキ缶を開封する。前世の世界では、缶詰の開発当初は缶切りが存在せず、レンガなどにこすりつけて開封していたという話だ。しかしもちろん僕は元・現代人なので、しっかりと缶切りもセットで開発済みである。

 ブリキ缶の中身は、水煮にした鶏肉だ。湯気と共に、かぐわしい香りが室内に充満した。豆入りのスープをゴクゴクと飲んでいたカラス娘が足を止め、キラキラした目でこちらを見てくる。出会ってからこっち、ずっと飯を食ってるなあこの娘。ダライヤ氏は信用ならないが、食料不足云々は本当かもしれない。


「それも食い物と?」


「鶏を煮たヤツだよ。食べるか?」


「いただきもす!」


 カラス娘はニッコリと笑って頷いた。素焼きの皿に鶏の水煮をよそい、彼女に渡す。ニコニコ顔のウルは、足の指でフォークを掴んでそれを食べ始めた。

 鳥人の足をしっかりと見るのは初めてなんだが、やはり他のヒト種とはだいぶ構造が違う。足というより手に近い構造だな。器用に動かせるが、長距離を歩き回るのは苦手そうだ。まあ、彼女らは空を飛んで移動できるから、それでもさして不便はないのだろう。


「領主様はなんというか、お貴族様らしくありませんな。食事の配膳も、自分でやっちまいますし」


 ちょっと呆れた様子で、村長が肩をすくめる。


「下級騎士の出身だからね、僕は。高貴なフリをしても、あっという間に地金が出てしまう。だったら、最初から野卑にふるまった方がマシというものだ」


 匙の上げ下げまで使用人にやってもらうのが貴族の流儀であるが、貧乏騎士のブロンダン家が雇える使用人の数などごく僅かだ。当然、家事の類も自分でやることが多かった。女爵、そして城伯に昇爵したあとも、この習慣は変わっていない。

 ……こんな有様だから、社交界に出ても馬鹿にされるんだよなあ。そうはいっても、着替えまで他人任せなんて面倒くさくてやってらんだが。まったく馬鹿らしい話だ。


「なるほどねえ。ま、こっちとしては付き合いやすくて助かりますがね?」


 半笑いでそう言ってから、村長は取り分けた鶏肉を一口食べた。


「おや、こいつはウマイ」


「だろう? これが一か月、二か月とたっても腐らずにそのまま食えるんだ。便利だとは思わないか」


 などと言いながら、僕も自分の分を食べてみる。……塩とハーブだけで味付けした素朴な風味だが、悪くはないな。変な金属臭もしない。うん、これなら安心して兵士たちにも提供できるぞ。試作品には、とても食べられないような代物も多かったからなあ。感慨深い。


「にわかには信じがたいですね。これで何も魔法を使っていないというのだから、驚きです」


 妙な顔をしつつ、ジルベルトがもむもむと鶏肉を咀嚼する。


「とはいえ、士気の維持を考えれば素晴らしい発明でしょう。来る日も来る日も乾物やら燻製やらばかり食べる生活は、なかなか辛いものがありますし……」


「コストが高くて大量生産に向かないのが難点だがね。しかし、職人の数が増えればコストも下がっていくだろう。ある程度量産出来たら、防災用として各村落に配布してもいいかもしれない」


 などとジルベルトと話していると、ソニアが従卒を呼んで何かを持ってこさせた。見覚えのある、陶器製のボトルだった。


「アル様、どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 よく見ると、僕が王都で買ってきた安物の白ワインだ。有難くお酌をしてもらい、一口飲む。あっさり系の鶏肉によく合う、すっきりとしたさわやかな味わいだった。うん、うん。いいね。ちょっとした晩酌気分だ。


「ウル殿、葡萄酒はいかがかな?」


「お酒まで頂いて良かとな? あいがともさげもす!」


 カラス娘は、もうニッコニコだ。よーしよしよし、感触は悪くないぞ。この子はいわば公然としたスパイだが、だからと言って邪険に扱う気はない。むしろ、ガンガン接待していった方が良いだろう。味方に転んでくれれば言うことなしだし、それが無理でも出来るだけこちらに悪感情は抱いてほしくない。これは、いわば外交戦なのである。

 ……鶏缶と安いテーブルワインで仕掛ける外交戦ってなんなんだろうね? 流石に貧乏くさいにもほどがあるだろ。いや、ワインはともかく缶詰は、この世界では最先端テクノロジーではあるんだが……。前世の感覚が残っているせいで、どうも微妙な感覚を抱かずにはいられないな。

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