第169話 くっころ男騎士とカタブツ子爵
「リースベンに出立するのは一週間後。それまでにキチンと旅の準備を整えておくように……」
お立ち台に上がったジョゼットが、志願兵たちに説明や諸注意を行っている。二百人ちかい数の志願兵たちの注目を一身に浴びているというのに、彼女は一切気後れしている様子はなかった。
「流石は主様の部下ですね」
それを見ながら、ジルベルト氏……いや、一応臣下になったのだから、呼び捨てにするべきか。ジルベルトが上機嫌な様子で呟いた。
「ああ、ウチでも指折りの優秀なヤツだ。ヒラの騎士にしておくのが勿体ないくらいなんだが、毎度のように昇進を断られててね。困ってるよ」
「第三連隊にもいましたよ、そういう人材は。現場主義と言うべきですかね? 管理者側からすると、痛しかゆしという感じで」
「優秀な人間はさっさと責任者側に来てもらいたいんだがね、困るよなあ。特にウチは人手不足だ」
僕は笑いつつ、ジルベルト氏の方をうかがう。前世の僕が指揮していたのは中隊だし、現世の僕もほんのこの間までは小隊規模の騎士部隊を預かっていただけだ。
それに比べて、ジルベルト氏は熟練の連隊指揮官である。組織運営や人材の扱い方に関してはプロ中のプロといっていい手合いである。なんとも優秀な人材が味方についてくれたものだ。陪臣どころか直臣もいないヒラの宮廷騎士家でしかないブロンダン家としては、絶対に手放すわけにはいかない人間である。
「というわけで、着任早々で申し訳ないがジルベルトにも存分に腕を振るってもらいたい。構わないかな?」
「ええ、無論です。部隊の指揮だろうが下水道のドブさらいだろうが、全力で実行させていただきます」
「リースベンに下水道は無いよ……」
ジルベルト氏の目つきは真剣そのもので、冗談を言っている様子はない。ドブさらいを命じれば、本当にやり始めそうだ。そういう重い感じの忠誠はヒンッ……ってなるからやめてほしい。
「僕たちは、三日後にリースベンに戻る予定だ。もちろん、
「えっ、もう帰っちゃうのか……残念」
カリーナが唇を尖らせ、首を左右に振った。王都から離れるのが嫌な様子だ。……そりゃそうだよな! リースベンに帰ったら、また訓練漬けの日々だものな!
「前日には丸一日休暇をやるから、我慢しろ」
「本当? やった!」
「そのかわり、リースベンに戻ったら死ぬ寸前までシゴいてやるからな。覚悟しておけ」
「エ゛ッ!?」
顔面蒼白になるカリーナに、ジルベルト氏が噴き出しかけた。慌てて口元を抑え、顔を真っ赤にする。こんなところで声を上げて笑い出したら、志願兵どもに示しがつかないからな。僕は苦笑して、話を真面目な方向へ戻す。
「なんとかもう一騎
とりあえず、一番最初にやるべきなのは指揮官としての再訓練だな。彼女は優秀な指揮官だが、剣と槍、弓矢にクロスボウ、そして魔法を扱う軍隊の人間だ。ライフルと大砲を使って戦う軍隊のやり方を覚えてもらう必要がある。
「承知いたしました」
一切の躊躇も見せず、ジルベルトは頷く。
「家族や郎党については、志願兵たちと一緒に来てもらうしかない。申し訳ないが、しばらくは単身赴任状態だな」
「連隊長をやっていた時も、家族はオレアン公爵領におりましたから。それに、郎党の方も問題ありません。彼女らの多くは元連隊幹部です。行軍に不慣れな新兵たちでも、うまく統率してくれるでしょう」
「え、連隊幹部!?」
僕は慌てて元第三連隊の兵士たちの方に視線を向けた。彼女らは、志願兵たちと共にジョゼットの話を聞いている。言われてみれば、士官用の軍装を着ている者がやたらと多い。
こちら側に参戦した古参兵は七十名以上。その約半分がプレヴォ家の郎党だという。そしてその郎党の多くが連隊幹部とすると……どんぶり勘定でも最低二十名だな! 僕は気が遠くなりそうになった。
連隊幹部といえば、中堅以上の士官しかなれない重要な役職である。士官不足が著しい我がリースベン軍としては、喉から手が出るほど欲しい人材だ。それが突然これほど大勢わが軍に参陣したのだから、棚からボタモチどころの話ではない。
しかし、士官というのは育成にも維持にも莫大なコストがかかるものだ。それをこれほど多く抱えているというのは、尋常な家ではない。最低でも女爵、現実的に考えればそれ以上の貴族家だとみて間違いない。
「あの、プレヴォ卿。一つお聞きしたいのですが、貴殿はもしかして爵位持ちでは?」
「一応、子爵に任じられておりました。まあ、ネコの額ほどの土地も持たぬ、宮廷貴族ではありますが。……しかし主様、臣下に敬語を使う必要などありませんよ」
郎党の規模から考えれば、むしろ子爵でも低いくらいだ。流石は名門・オレアン公爵家の傍流というだけのことはある。にも関わらず領地は持っていないということは……公爵家内では、武官の育成を担当していた家だったのかもしれないな。
「いや、その、あの……」
僕は顔に冷や汗を浮かべながら狼狽えることしかできなかった。プレヴォ家はオレアン公家の家臣。そこで思考が停止していたのだ。彼女の家族を保護する作戦についても、母上に丸投げしてたし……ああ、なんたる不覚!
「そのような顔をなされないでください、主様。子爵位など、所詮はオレアン公爵家の傍流という立場だけで手に入れた地位です。投げ捨てても惜しくない程度の価値しかありませんよ」
そうはいかんでしょうが! 家臣に家格に見合った待遇を与えるのは、主君の義務だ。少なくとも、プレヴォ家の家族や家臣がキチンと生活できるだけの
むろん、ブロンダン家にそんな資金力は無い。リースベンも、将来はさておき今現在は大金が沸いてくるような土地ではないのだから……もはや選択肢は一つしかない。アデライド宰相だ。おかしいなあ、どんどん出世してるはずなのに、それに比例して借金が膨らんでるんだが?
「ソ、ソウデスカ……」
僕は顔面蒼白なままコクコクと頷いた。今さら「やっぱ主従関係を結ぶのはナシで!」とは言えない。それに、新しく領地と軍隊を建設・運営する以上は、どうしても家臣は増やしていく必要があるしな。その第一号が子爵家だっただけの話だ。……しかし、年上の部下ですら扱いが難しいというのに、格上の臣下なんてどうやって扱えばいいんだろうな? マジで困る……
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追伸
体調不良のため、明日(22/3/19)の投稿はお休みします
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