第167話 くっころ男騎士と臣下
ジルベルト・プレヴォ。王都を守護する五つの連隊の中でも最強と言われる精鋭・第三連隊の元隊長である。内乱の責任を取り、職を辞したと聞いている。しかし今の彼女は、退役軍人とはとても思えないまさに騎士の正装と言っていいような格好をしていた。
ひと揃いの全身甲冑に、フルフェイスの兜。もちろん、腰にも見事な長剣を差していた。乗馬ブーツのカカトでは、金色の拍車がギラギラと輝いている。その堂々たる騎士ぶりに、演習場に集まった若者たちは憧れと羨望の入り混じった視線を向けていた。
「家族の件は、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」
軍馬から降り立つと、ジルベルト氏は最敬礼の姿勢を取ってそう言った。百人を超える若者たちの視線など、まるで気にしていない自然な所作だ。
「まさか、生きて家族と再会できるとは。正直に言えば、あの戦いに参加した時点で家族のことはすっかり諦めておりました」
「気にすることはありません、プレヴォ卿。僕は自分に出来ることをやったまでです」
別に、百パーセント善意でやったことでもないしな。ジルベルト氏は極めて優秀な指揮官だ。戦場で相対した彼女は、おそろしく手強かった。奇手と外道戦術で盤面をひっくり返すことに特化したグーディメル侯爵とは比べ物にならない、正統派の用兵家である。
そんな彼女が下野して腐るなどあまりにももったいないし、もっと言えば味方に引き込みたい。だからこそ、僕は母上に彼女の家族の保護を依頼したのだ。
「いえ、いいえ。ブロンダン卿。わたしは、一生かかっても返しきれないほどの恩を頂いたのです。ですから――」
ジルベルト氏は兜を脱いで従士に預けると、僕の方へと歩みよった。僕は慌ててお立ち台から飛び降りる。彼女は敵手としても尊敬できる人物だ。まさか、台に乗ったまま相手をするわけにもいかない。
とはいえ、志願兵候補(とはいっても、あまり芳しい反応は得られていないが)を無視してジルベルト氏と話しこんで大丈夫なのかは不安だ。ちらりと彼女らの方をうかがうと、ジルベルト氏の方を見ながら何やらコソコソ話をしている。
「おい、あれって第三連隊の……」
「裏切り者じゃないか!」
「いや、家族を人質に取られて、ムリヤリ戦わせられてたって話だぞ」
「汚いことしやがる。まあ、そうでもなければ、あの第三連隊が国王陛下に槍を向けるはずもないか……」
どうやら、若者たちはジルベルト氏についてご存じらしい。その反応は、決して否定的なものばかりではない。まあ、第三連隊の精強さは民衆にも広く知れ渡っているからな。その隊長ともなればそれなりに有名人だ。
「わが剣と命を、貴方様に捧げます。どうぞ、|如何様(いかよう)にもお使い潰しください、ブロンダン卿」
しかしそんな周囲の反応も気にせず、ジルベルト氏は僕の眼前に
だが、ジルベルト氏の表情は真剣そのものだ。多数の平民の前で膝をついたのだ、尋常な覚悟ではあるまい。逆に言えば、僕に拒否する選択肢は無いということだ。ここまでされてしり込みするような人間は、貴族としての度量が足りないとしか言いようがない。
「……ありがとう。貴殿の剣は、確かに預からせていただく」
「預かる、ではありません、主様。我が忠誠は、わたしが死ぬまで貴方様だけのものなのです。わたしはその覚悟を持って、ここにやってきたのです」
跪いたまま、ジルベルト氏は真剣な目つきでそう断言する。……主様と来たか! だいぶ重いよ!!ソニアたちのアル様呼びにも違和感があるっていうのにさあ……個人に対する忠誠なんてものは、せいぜい部隊から離れるか退役するまでで十分じゃないのか?
「わかった、プレヴォ卿。ならば、どうかあなたの家のことはブロンダン家に任せてほしい。主家として、責任をもって面倒を見させていただく」
彼女の家は、長年の主家だったオレアン公家から離脱したわけだからな。その立場は宙に浮いている。ジルベルト氏が臣従した以上、その一家に貴族としての生活を保証するのは僕の仕事である。……しかし、公爵家から城伯家への鞍替えとなると格落ち感が甚だしいな……。
「感謝いたします、主様。どうぞよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるジルベルト氏を、僕はあわてて立ち上がらせた。こう畏まられると、背中がむずむずして仕方がないな。いやだって、僕ってばかなりのダメ人間だもの。酒場で酔っぱらって裸になりかけるような男だぞ? そんなやつに、こんなガチガチの敬礼なんかする必要ないっての。
「……そういえば、主様」
立ち上がったジルベルト氏は、膝の土埃も払わずにちらりと遠くを見た。演習場の出入り口のほうだ。
「募兵をしているということは、兵力が足りないのでしょう?」
「ああ。僕の部隊は、先のディーゼル家との戦争でずいぶんと数が減ってしまった。とにかく歩兵の数が足りないんだ」
騎兵、それに砲兵はアテがあるんだけどな。しかし、とにかく頭数が必要になる歩兵はそうもいかない。だからこうやって人を集めているわけだが。
「実は、主様に忠誠を誓いたいと思っているのは、わたしだけではありません。今回の件で軍を退役することにした第三連隊の兵士の一部が、主様の軍へ参加させてほしいと申しておりまして」
「ええ……」
なんでだよ、そんなことあるか? 反乱初日の戦闘で、僕は第三連隊を相手に大立ち回りを演じた。それにより、結構な数の死傷者が出ているはずだ。一般兵たちからすれば、僕など戦友の仇以外の何者でもないだろう。にも関わらずこちらに参陣しようというのは、酔狂を通り越して異常じゃないのか?
「数は七十人ほどで、半分はわたしの郎党のような連中です。もう半分は……人生の半分以上を軍隊で過ごしてきた老兵たちでして」
「ほう。それがまた、なぜ僕の元に?」
「主様の計らいで、一般兵には責任を問わないという形になりましたが……やはり、以前のように扱われることはないでしょう。飼い殺しにされるくらいなら、退役したほうがマシだ。しかし、今さら普通の仕事に就くのも難しい。彼女らはそう言っておりました」
なるほど、軍人生活が長引きすぎて娑婆に戻れなくなっちゃった連中か。軍隊と一般社会では常識が違いすぎるからな。娑婆に戻ってつまはじきモノになるくらいなら、軍人で居続けた方が良い。そういう思考になっちゃう。僕もそのタイプの人間だからよーくわかるよ。
「一度は矛を交えたからこそ、我々は貴方様の強さと高潔さを存じております。兵士を続けるというのなら、できれば優れた指揮官の元で働きたいと。そう考えるのは自然なことでございましょう?」
「なるほど、わかった」
僕は頷き、自分の頬を叩いた。照れて赤くなっているのを誤魔化すためだ。そんなに褒めないでほしい、恥ずかしいから。
「第三連隊の兵士たちは、誰もかれもが比類なき精兵だった。それが僕の元で働いてくれるというのなら、こんなに有難いことはない」
しかし、七十人か。ヴァレリー隊長の歩兵隊と合わせれば、ぴったり一個中隊が編成できる数だな。これで歩兵の頭数が揃った。……そんなことを考えていたのだが、ジルベルト氏は軽く頷いて、こちらを遠巻きに眺めている若者たちに目を向ける。
「しかし、この程度の数では足りないでしょう。……ちょうどそこに、イキのいい若者たちがいますね?」
「え? ……あ、ああ。しかし、どうも反応が悪くてね。やはり、リースベンは遠方だ。王都民としては、故郷から離れたくないのだろうが……」
「いいえ、主様。どうか我々にお任せを。大丈夫。あのくらいの若者など、無鉄砲なものです。すこし背中を押してやれば、簡単にこちらに転んでくれますよ」
そんなことを言うジルベルト氏の顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
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