第162話 くっころ男騎士と酒場(2)

「男の一人呑みは危険だぜ? 悪い酔っ払いに絡まれるかもしれないからよ。その点、あたしらと一緒なら安心だ」


 馴れ馴れしく僕の肩に手を回しながら、ワルっぽいお姉さんはそんなことを言った。その蓮っ葉な態度はまさに場末のチンピラそのもの。絡まれたのが世間知らずのお坊ちゃんであれば、腰を抜かして動けなくなってもおかしくないほどのガラの悪さだ。

 しかし僕も軍隊生まれの軍隊育ち、ガラの悪い連中には慣れている。場末のチンピラなんぞよりよっぽどおっかない連中と普段から関わっているわけだからな、この程度の相手ならカワイイものだ。僕はにっこりと笑って立ち上がり、小首をかしげる。

 

「お酌をするのは良いが、タダ酒奢ってくれるくらいの甲斐性はあるんだろうね?」


「当然、当然!」


 ゲラゲラ笑いながら、お姉さんは自分たちの席の隣を指さした。そこには、小ぶりなワイン樽がデンと鎮座している。どうやら、タルごと買いきって酒宴を楽しんでいるらしい。豪勢なことだ。

 それならば、こちらにも断る理由は無い。他人の金で飲む酒ほどウマイものはないからな。僕は一応貴族ではあるが、懐具合の方はまったく寂しいものだ。なにしろ僕は収入の大半を武具の収集や技術開発のための資金援助に当てている。自由になるカネは存外に少ないのである。


「それじゃ、ご相伴にあずかりましょうかね」


 彼女に頷き返し、席を移動する。もちろん、注文しておいた赤ワインのお代わりを受け取るのも忘れない。ウェイターが持ってきたジョッキの中身を腹に流し込んでから、お姉さんたちの一党を見回した。

 数は五人ほど。どいつもこいつもガラが悪い。武装は、目に見える範囲では警棒サイズの小さなこん棒程度。しかし仕込み武器の類を持っている可能性もある。……一瞬でそこまで確認し、自分の腰に差した木刀にチラリと目をやる。


「変わったモンを差してるな、兄ちゃん」


 いかにもやくざ然とした女たちだけあって、僕のそんな動きを見てある程度察したらしい。狐獣人の女がニヤニヤと笑いながら、木刀を指さしてそんなことを聞いてくる。


「今回の乱でフランセット殿下の側仕えをしたっていうあの男騎士……ええと、ブロンダン卿だったか? そいつの影響でも受けたのか」


「違うよ。実家が剣術道場でね。僕も小さいころから仕込まれた」


 突然自分の名前が出たせいで面食らったが、まさか本人ですと申告するわけにはいかない。僕は椅子に腰を下ろしつつ、事前に準備しておいた言い訳を口にした。

 ちなみに、愛用のサーベルではなく木刀を持ってきたのには理由がある。ガレア王国は存外に武器の所持制限がキツく、一般人は武装することができないのだ。帯剣を許されるのは衛兵や従士、許可を得た傭兵、それに貴族くらいのものだ。男の僕がこれ見よがしに真剣を差していたら、あっという間に正体が露見してしまう。

 一応は貴族である僕がこういう大衆酒場に出入りしていることがバレると、宰相や辺境伯からやいのやいの言われてしまうのである。。そのため、こう言った場合には身分を偽って説明することにしている。

 一時的とはいえ愛剣を手放すのは若干不安だが、相手がしっかりとした防具を身に着けていないのであれば真剣だろうが木刀だろうが関係ないので問題はない。せいぜい、斬殺か撲殺かの違いだ。都市内での護身用なら、木刀で十分だ。


「へーえ? オトコが剣術道場ね。……けっこうデキんの?」


 ハイエナお姉さんは、そんなことを聞きながらジョッキを突き出してくる。お酌をするといったからには、付き合わねばなるまい。僕はタルに満たされた白ワインを柄杓ひしゃくですくい、ジョッキに注いでやる。

 まあ、少なくとも店内にいるうちはそうそうトラブルは起こらないだろう。この店はそのあたりはしっかりしている。ヤンチャをし過ぎると、怖いお姉さまがたが大挙してやってきて「お客さん、ちょっと裏で話そうか」とどこかへ連れていかれる羽目になる。このハイエナ獣人さんたちも、そう無体な真似はすまい。


「まさかあ。この間も、ってる最中にスタミナが切れてね。ひどい目に合った」


「そりゃそーだ。あんた、試合や鍛錬は好きにすりゃいいと思うがね。調子に乗って、ヘンな連中に喧嘩売ろうとは思わない方が良いぜ」


 ヘンな連中の代表格みたいな面構えのハイエナ姉さんは、至極まじめな表情で忠告してくる。自分たちに剣で対抗しようとしても無駄だぞと牽制しているのかとも思ったが、どうやら本気で心配してくれているらしい。


「男だてらに剣術をやってるってこたぁ、たぶんアンタは一人息子だろう。親御さんに心配かけちゃいかんぞ」


「そりゃそうだね。肝に銘じておくよ」


 僕の答えに、ハイエナお姉さんは満足した様子で頷く。そしてテーブルのど真ん中にデンと鎮座しているデカい川魚の香草焼きを取り皿に切り分け、僕に押し付けてきた。まだホカホカで、湯気を上げている。香ばしい香りが食欲を刺激した。


「おっ、いいねえ。ありがとう」


 さっそく一口食べてみる。白身魚特有の淡泊な味わいに、ハーブの香りがマッチして素晴らしくウマい。感嘆しながら、赤ワインを食道へ流し込んだ。


「……やっぱり魚には白だな」


「当然だろ。魚には白、肉には赤! 極星様だってそう仰ってらぁ」


 狼獣人のその言葉に、僕は吹き出しかけた。当然だが、星導教の教えにそのような物は無い。


「そりゃいけない。さっさと白に切り替えにゃバチが当たるな」


 とはいえ、川魚には赤ワインより白ワインのほうが合うというのは事実である。僕はジョッキの中にまだタップリ残っている赤ワインをごくごく飲み始めた。


「おっ、いい飲みっぷりだねえ!」


 それを見た獣人たちが、歓声を上げてはやし立て始めた……。


「あー、腹いっぱい……」


 それから、一時間後。僕たちはすっかり出来上がっていた。テーブルには空になった皿がタワーのように積み上がり、酒樽の中身は半分まで減っている。当然、僕を含めた全員がぐでぐでに泥酔していた。


「食うのにも飽きて来たし、一局どうだい?」


 酩酊顔のハイエナ姉さんが、ポーチから大量の木札を取り出して言った。仲間の獣人たちは「いいねえ!」と笑いながらテーブルの上を片付け始める。


「札並べか」


「ルールは知ってるかい、兄ちゃん」


「一応」


 札並べというのは、ガレア王国ではごく一般的なテーブルゲームだ。ルールとしては麻雀やポーカーに近い。様々な絵柄の描かれた木製の札を捨てたり拾ったりしつつ、特定の役を作ってアガる、そういうルールである。戦地での暇つぶしにはピッタリの遊びだから、当然僕も何度もプレイしたことがあった。


「でも、今日はカネはあんまり持ってきてないんだ。種銭が足りないんじゃないかな」


 酒場でこの手のゲームが出てきたのだ。当然金を賭けるつもりだろう。この国には博打を禁止する法律などないのである。


「別にいいんだぜ、カネなんぞなくとも。失点したら、そのぶん服を脱ぎゃあいいんだ。カンタンだろ」


「まじで」


 実質脱衣麻雀! 僕のテンションはカチ上がった。なにしろお姉さま方はワイルド系の美人ぞろいである。前世でこんなメンツと脱衣ゲームをプレイするには、結構な大金が必要になるだろう。それにタダで参加させてくれるというのである。


「じゃあそのルールで行こう。こっちが脱ぐんだから、当然そっちも脱ぐのがフェアってもんだよな?」


「……誘っといてなんだが、もうちょっと恥じらいを持った方が良いんじゃないのか? 男として」


「こちとら、生まれてこのかたずっと女所帯で生活してるんだ。着替えとか水浴びとかしてたら必ず覗かれるんだよ! 少々肌を見られたからって今さらなんだよ!!」


 幼年騎士団のころからのぞきは日常茶飯事だった。幼馴染の騎士連中はほとんど全員が覗き経験者で、例外はソニアくらいのものだ。最初は恥じらっていたものだが、もうすっかり見られるのにも慣れてしまった。まあ、流石に最近は随分とマシになってきたが……。


「そ、そうかい。まあ、本人がいいってんならこっちも拒否する理由はねえ。いいぜぇ、全員脱衣ルールだ」


 ハイエナ姉さんは苦笑しながら肩をすくめる。僕はニヤリと笑って、木札を受け取った。博打にはそれなりの自信がある。前世じゃ、事あるごとにラスベガスで豪遊したものだ。その対価として三回ほど無一文にされたが、まあ勉強料みたいなもんだ。


「よし、じゃあまずは親を決めようか」

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