第140話 くっころ男騎士と行進準備

 王城前広場に、兵力が集結していた。最初から僕たちの指揮下に居た第五連隊はもちろん、フィオレンツァ司教の仲介により合流を果たした第一連隊、そして一度は降伏した第三連隊すらも、完全武装の上で整列をしている。近衛騎士団やスオラハティ辺境伯、オレアン公爵の私兵などを合わせ、その数五千名以上。現代軍では旅団規模の戦力ではあるが、この世界では十分に大軍といっていい数である。

 生ゴミまみれになったフィオレンツァ司教を風呂に沈めた後、僕たちは出撃前の最後の準備を行っていた。自分自身の装具はもちろん、兵の点呼や軍旗の準備、行進ルートの最終確認など、やるべき作業はいくらでもある。


「次の戦場では、ぜひ味方としてあなたと共に戦いたい……ブロンダン卿は確かにそうおっしゃられましたが、まさか昨日の今日でくつわを並べることになるとは思いませんでしたよ」


 自らの武具一式を点検しつつそんなことを言うのは、パレア第三連隊・連隊長のジルベルト・プレヴォ氏である。反乱の責任を取るため収監されていた彼女だったが、第三連隊の指揮のため一時的に釈放されたのである。


「……でしょうね。僕も同感です」


 僕は神妙な顔で頷いた。もちろん、彼女の釈放に反対する者はそれなりにいた。しかし、アデライド宰相やスオラハティ辺境伯に頼んで、なんとか通してもらったのだ。

 戦わずしてグーディメル侯爵を屈服させようと思えば、こちら側の戦力は出来る限り増やしておきたい。第三連隊の戦列復帰は必要な措置だった。

 大量の兵士を整然と行進させるのは、案外難しい。勝手を知らない新任の指揮官では絶対に無理だ。ぶっつけ本番でパレードをやる以上、第三連隊の指揮はジルベルト氏に頼むしかなかったという事情がある。


「とはいえ、任されたからには最善を尽くしましょう。部下たちのためにもね」


 真剣な表情で、ジルベルト氏はそう言い切った。実際、いくら兵に責任なしとは言っても、第三連隊に対する王国上層部の目は冷ややかだからな。失った信頼を取り戻すには、真面目に任務をこなすほかない。今回の作戦はいい機会だろう。


「……ああ、そうだ。プレヴォ卿、貴方のご家族の件ですが」


 とはいえ、昨日あれだけ激しく殺し合った相手と隊列を組むのだから大変だ。現場レベルでは、すでに何件もトラブルが起きている。ジルベルト氏には後がない。第三連隊が原因で作戦に支障をきたすようなことがあれば、彼女の立場はいよいよ不味いものになってしまう。

 今の彼女は、とんでもないプレッシャーを感じているはずだ。その重圧を少しでも和らげようと、僕は水面下で進めていた案件の話をすることに決めた。オレアン公爵領にいる、彼女の家族のことだ。


「……ッ!」


 表情を硬くして、ジルベルト氏は作業の手を止めた。そのまま周囲を伺いつつ僕に近寄り、小さな声で聞き返してくる。


「……実のところ、それが一番気になっておりました」


「でしょうね」


 ジルベルト氏が反乱に参加したのは、公爵領に住んでいる自分の両親や姉妹の実を案じてのことだ。彼女の一族はオレアン公の家臣であり、ジルベルト氏が命令を拒否するようなことがあれば、家族にまで累が及ぶ。ほとんど人質を取られていたようなものだな。


「最初は武力で救出するプランを考えていたのですが……オレアン公がこちらについたことで、話は容易になりました」


「オレアン公、ですか……」


 何とも言えない微妙な表情で、ジルベルト氏は唸った。オレアン公には相当の恨みがあるみたいだな。目が完全に据わってる。


「イザベルに一杯食わされただけという話ですが、本当でしょうか? たんに娘に罪をなすりつけて、自らの保身を図っているだけでは」


「少なくとも、彼女が地下牢に監禁されていたというのは事実です」


「自作自演で閉じ込められたフリをするくらい、平気でやるお方ですよ。油断してはいけません。……いえ、今はそんなことはどうでもよろしい。それで、どうなったのですか?」


「プレヴォ家の方々を安全に王都に移送するよう、公爵家に命令を出してくれましたよ」


 現在のオレアン公は非常に多忙だ。すでに進軍を開始している公爵軍に大して攻撃中止命令を出したり、派閥内の貴族たちに事情を説明したり、キリキリ舞いをしている。

 そんな有様だから、僕の頼みなど無視されるのではないかと思っていたのだが……驚くことに、公爵はすぐさま書状一式を用意してくれた。


「命令書の内容は僕がこの目でちゃんと確認してありますし、配達役も信頼できる人物……具体的に言えば、僕の母に頼みました。万事問題ありません。一週間以内には、ご家族と再会できると思います」


「なんですって、ブロンダン卿のお母上が!?」


 驚いた様子で、ジルベルト氏は声を上げた。僕が母上を伝令役に選んだことが、そうとう意外だったのだろう。とはいえ、これは仕方のないことだ。信頼が出来て、ある程度の荒事にも対応でき、おまけに今すぐ王都から出ていっても問題ないほど暇を持て余している……母上以外に、そんな人間の心当たりはなかった。


「ええ。我が母デジレは今でこそ現役を離れていますが、戦場では多くの首級をあげた優秀な騎士でした。今でも腕は鈍っていません。たとえ公爵が約束を反故にしても、母であればなんとかしてくれるはずです。どうかご安心ください」


「そこまで……そこまでしていただいてよろしいのですか、ブロンダン卿」


 絞り出すような声でそう言うジルベルト氏の目尻には、微かに涙が浮かんでいた。僕はニッコリと笑って、彼女の肩を叩く。


「もちろんです。あなたは忠義を果たしたのですから、オレアン公はそれに誠意で報いるべきなのです。僕はただ、その履行を求めただけに過ぎません」


 この人の立場は、僕とよく似ているからな。どうも他人事のようには思えないんだよ。……まあでも、下心もある。ジルベルト氏は非常に優秀な指揮官だからな。出来るだけ仲良くしておきたいし、出来ることなら味方に引き込みたい。


「いいえ、いいえ! ここまでしていただいたのです。この御恩は、この身に変えてでもお返しせねば……」


「ああ、アルベールくん! こんなところに居たのか」


 感激した様子でまくしたてるジルベルト氏だったが、誰かの声がそれを遮った。声の出所に目をやると、そこに居たのは案の定フランセット殿下だ。彼女は軍馬に跨り、ニコニコと笑いながらこちらを見下ろしている。


「駄目じゃないか、余の元を離れては。今日の君は、余の副官なんだぞ?」

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