第114話 くっころ男騎士とライフル中隊(1)

 騎兵隊を撃退した僕たちだったが、敵の攻勢はさらに続く。敵が引いてすぐ、騎兵隊の穴を埋めるように新手の部隊が現れた。


「敵は中隊規模の銃兵? 確かか?」


「ハイ」


 見張り部隊からやってきた伝令が、しっかりと頷く。


「確認できた限り、ほとんどの兵士が小銃を装備していました。すくなくとも、槍兵はいないようです」


「ふーむ」


 銃兵といっても、彼女らが装備しているのが従来の滑腔銃(銃身にライフリングが刻まれていない銃)なのか、ライフル銃なのかで対処法がずいぶんと変わってくる。滑腔銃なら楽なんだけどな。なにしろアレは射程が短い。魔装甲冑エンチャントアーマー装備の白兵兵科に突撃させれば、簡単に倒すことができるだろう。それがネックで、この世界の銃兵は冷や飯を食ってるわけだし。

 しかし、そう簡単にはいかないだろうなという直感があった。なにしろ相手は精鋭・パレア第三連隊。彼女らが編成した部隊が、そんなに弱いはずもない。おそらく、敵銃兵が装備しているのはライフル銃だ。こちらの装備しているライフル銃の銃身や弾頭は、この世界の技術でも容易に製造できる(そうでなければ量産できない)。現物さえ入手できれば、簡単にコピー品を製造できるだろう。


「敵の陣形は?」


「密集した横隊をいくつも重ねているようです」


「なるほどな」


 敵はいわゆる、戦列歩兵方式の戦術を取るつもりだろう。銃兵をずらりと並べ、合図に合わせて一斉射撃をする。それを、相手が隊列を維持できなくなるまで繰り返し、最終的には突撃で勝利をもぎ取る。極めて破壊力の高い戦術だ。前世の世界でも、ライフルの普及以前は多用されていた。


「だとすると、向こうの方が銃兵は多いだろう。前衛部隊に守りを固めさせよう」


 同じ中隊規模の部隊と言っても、こちらは半数が白兵戦用の装備をしている。なにしろこちらは本来騎兵だからな。なんだかんだいって、槍騎兵の突撃は極めて強力だ。すべての騎兵をカービン騎兵に転換するより、それぞれの兵科をバランスよく準備しておいた方が柔軟に立ち回ることができる。

 とはいえ、敵は全員が銃兵……ということは、半数が銃兵のこちらの倍以上の火力を発揮してくるわけか。しかも、こちらが装備しているのは銃身が短い騎兵銃カービンで、向こうはおそらくフルサイズの歩兵銃。射程も負けている。これと戦うには、ちょっとした工夫が必要だな。


「ちょっと前衛の指揮官と打ち合わせをしてきます。フィオレンツァ様はここで休んでいてください」


 指揮用天幕の下でぐったりとしているフィオレンツァ司教に声をかける。どうやら、彼女の右腕は完全に折れてしまったようだ。衛生兵が応急手当を行い、添え木をした上で三角巾で腕を吊っている。こんな有様で戦場を動き回るのはムリだ。

 ちなみに、フィオと呼べと言われはしたが、流石に公衆の面前で愛称を使う訳にもいかない。その呼び方は私的な付き合いの時だけにさせてくれと頼んであった。


「……すぐ戻ってきてくださいね。前線は、危なすぎます」


 ひどく不満げな様子で、司教はそう言った。自分も同行したいという気分がありありとわかる声だった。もちろん、頼まれても拒否するけどな。これ以上彼女に負担を強いるわけにはいかない。

 しかし、怖い思いもしたはずだし実際に怪我までしているというのに、気丈なものだな。その表情には、明らかにこちらを心配する色がある。躊躇なく僕を庇って敵の前に出たことと言い、流石は聖人と呼ばれるだけのことはある。自分より他人を優先するその姿勢は、まさに聖職者の鑑だ。


「わかってますよ」


 危険を冒すのが軍人の役割みたいなところはあるけどな。とはいえ、僕だって無駄に痛い思いをしたいわけじゃない。死ぬのはもっとご免だ。前回の戦死ではどういう因果か転生することができたが、次こそいよいよ地獄行きかもしれない。

 フィオレンツァ司教に別れを告げ、カリーナ(司教と違いこちらは傷一つなかった。やはり牛獣人は丈夫だ)を伴って前線に移動する。もちろん、先ほどの反省を生かし護衛も引き連れている。どうやら僕の首が直接狙われているような雰囲気もあるからな。


「距離一キロ半。すぐに向こうの射程距離に入りますよ」


 僕を出迎えたトウコ氏が、望遠鏡から目を離さずに行った。大通りの向こう側では、敵銃兵隊が進軍してきている。横隊を維持したままの、一糸乱れぬ行軍だ。軍靴が石畳を踏みしめる音が、こちらにまで響いている。等間隔に聞こえるその音が、敵の練度を物語っていた。行軍が上手い部隊は戦闘も上手いものだ。

 とはいえ、大人数を一斉に動かしているわけだから、その歩みは遅い。なにしろ、敵部隊は兵士同士の肩が触れ合うような密集隊形をとっている。これを崩さずに進ませようと思えば、あまりスピードは出せない。密集隊形最大の弱点だ。この間に、作戦を伝えておくことにしよう。


「急いで馬車を出してくれ」


 工兵にそう命令する。戦闘の合間を縫って、僕たちはある程度の数の馬車を徴発していた。本来は食料や弾薬を運ぶために用意したものではあるが、別の用途にも使えるように準備していた。

 まもなく、鎖やロープで連結された馬車が運び込まれ、道路を封鎖するような形で配置された。これを掩体……つまり遮蔽物として活用する作戦だった。木造の車体では弓矢ならともかく銃弾を防ぐのはかなり難しいが、それでもないよりは圧倒的にマシだ。


「射撃戦が始まったら、君たちはこの馬車群を活用してとにかく耐えてくれ。進むことも、退くことも許可できない」


「後衛の盾になってくれ、ということですか」


「そうだ。おそらく敵は、君たちの隊列が崩れるまで突撃は仕掛けてこない。一定の距離を維持するはずだ。そこを……」


「銃と大砲を使ってタコ殴りにする?」


 トウコ氏の言葉に、僕はニヤリと笑って頷いた。もっとも、面頬は降ろしているからこちらの表情は分からないだろうがな。前世の世界では、ライフルの登場に伴い密集隊形は使われなくなっていった。その理由を、連中にはたっぷり教育してやるつもりだった。


「とにかく、我慢比べだ。大きな盾を持っているヤツを先頭にして、ガチガチの持久体制を取ってほしい」


「了解しました」


 望遠鏡を従士に手渡してから、トウコ氏が頷いた。魔装甲冑エンチャントアーマーと同じ技術で、盾も強化されている。当然、いかなライフルであってもそう簡単には貫通できない。土嚢や塹壕がなくても、かなり持久できると僕は踏んでいた。


「しばらくはライフルで滅多打ちにされると思う。辛い任務だが、どうか踏ん張ってほしい」


「撃たれると言えば」


 近くの騎士の一人が、ぽんと手を打った。


「クロスボウで撃たれたって聞いたんですけど、大丈夫ですか? ブロンダンさん」


「平気だ、平気。当たったのは籠手だし」


 僕は右手をブンブンと振った。まだ若干シビれは残っているが、先ほどよりはずいぶんとマシになっている。今ならば、剣もちゃんと握れるだろう。


「君たちはこれから、銃で撃ちまくられるんだぞ。それを命令する僕が、クロスボウの一発や二発でピーピー泣くわけにはいかん」


 いくら魔装甲冑エンチャントアーマーが丈夫といっても、直撃すればかなりのショックがある。それに、全身鎧といっても完全にすべての場所が装甲化されているわけではないからな。装甲のない場所や薄い場所も当然ある。前衛部隊にとっては、辛い任務だろう。


「そりゃ、こっちも同じですわ。男が見てるってのに、多少撃たれたからって逃げ出すような軟弱者はうちの部隊にゃいませんよ。なあ!」


 おう! と騎士たちが威勢のいい声を上げた。僕の頬が思わず緩む。


「やめろよ、あんまり格好いい所を見せるのは。惚れちゃいそうだ」


「へへ、そりゃあ無理ってもんですよ。存分に惚れて頂きたい」


「馬鹿言え、まったく」


 騎士の肩を叩くと、彼女はゲラゲラと笑った。まったく、気のいい連中だ。


「ところで……」


 釣られて笑っていると、トウコ氏が耳元で言った。周囲をはばかるような小さな声だ。


「歩兵部隊は、まだ到着しないのですか? 予定の刻限は過ぎていますが……」


「……まだみたいだ。伝令は出してるんだが、帰ってこない」


 今はまだ何とかなってるが、弾薬も有限だ。いずれじり貧になるのは確かだ。その前に、数の上での主力である歩兵部隊と合流しなきゃいけないわけだが……今のところ、歩兵部隊が現れる様子はない。いったい、どうしたというのだろうか? 正直に言えば、不安を感じている。

 ただ進軍が遅れているだけならまだいいが、市街地戦はイレギュラーが発生しやすいからな。もしかしたら、こちらとは別の敵部隊と交戦が始まっている可能性がある。オレアン公側に寝返った部隊は、第三連隊だけじゃないだろうしな。その場合、下手をすれば増援がこちらにたどり着けないかもしれない。


「あと三十分して歩兵部隊が到着しないようなら、場合によっては撤退も視野に入れる。我々だけで王城を解放するのは不可能だ」


 トウコ氏と同じく、周囲に聞こえない微かな声でそう答える。現在優勢が取れているのは、あくまでこの通りに引きこもって防戦に徹しているからだ。王城前広場のような広い場所で連隊規模の敵と交戦したら、一瞬で潰されてしまう。


「了解」


 堅い声で、トウコ氏は短く答えた。今日のうちに王城の解囲に成功しないことには、こちらの勝利はおぼつかなくなってしまう。オレアン公爵軍の主力が王都に到着する前に、なんとか都市内の敵は負いだしておく必要があるからな。ここで引けば、間違いなくじり貧になってしまうだろう。

 とはいっても、無意味な玉砕をするわけにはいかない。どうしてもとなれば、撤退を選択せざるを得ないだろう。厳しい状況だった。僕は深呼吸をして、思考を切り替える。今は目の前の敵を倒すことに集中するべきだ。

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