第101話 くっころ男騎士と謀反

 クーデターなどという物騒な話が出た割に、それから数日は平穏だった。オレアン公は何の動きも見せず、こちらにちょっかいをかけてくることもない。しかし、それが逆に不気味だった。むこうの自業自得とはいえ、僕はオレアン公の顔にガッツリ泥を塗ってるわけだからな。貴族がメンツ商売であることを考えれば、何の報復も無しというのはありえない。嵐の前の静けさ、なんていう言葉が僕の脳裏をよぎっていた。

 もちろん、こちらもその時間を無為に過ごしていたわけではない。実際は怒るかどうか不透明でも、対クーデターの準備をしない訳にはいかないからな。作戦計画を立てたり、納品されたばかりの新型砲を運用する砲兵隊の練度を調べたり、甲冑をはじめとした武具を取り寄せるために翼竜ワイバーンをリースベンに送ったり……やれることはすべてやった。


「国王陛下から預かったリースベンを戦火に晒すわけにはまいりません。そこで、小官はリースベン・ズューデンベルグ間の山道で伯爵軍を迎撃しようと決意しました」


 そういうわけで、国王陛下との謁見当日。僕は謁見の間でディーゼル伯爵との戦争についての報告を国王陛下に奏上していた。もちろん、とうの昔に報告書は上げている。陛下がそれをお読みになられたのかどうかは知らないが、すくなくともあらましは知っているだろう。

 わざわざ口頭で説明する意味はあまりないし、それどころか表沙汰にできない部分(アホアホ元皇帝アーちゃんの件とかな)は誤魔化してるくらいなのだから、この報告はどちらかと言えば儀式的な要素を多分に含んでいる。


「しかし、敵は勇猛で鳴るディーゼル伯爵。小官の手勢だけでは、どうしようもありません。そこで……」


 広々とした謁見の間に、僕の声だけが朗々と響いていた。僕がリースベンの代官に任じられたときと同じく、謁見の間には多くの貴族や官僚が詰めかけている。しかし、その中にオレアン公の姿は見えない。体調不良という話だが……どうも背中がゾワゾワする。嫌な感覚だ。

 代わりにオレアン公爵家から出席しているのは、オレアン家の次期当主だという女だった。名前は確か、イザベル・ドゥ・オレアンだったか。彼女は僕の方を一瞥すらせず、玉座に身を預けて報告を聞いている国王陛下を凝視していた。竜人ドラゴニュート特有の縦に割れた瞳孔のせいもあるだろうが、なんとも剣呑な雰囲気を感じる。


「敵は大軍、そのままぶつかれば勝ち目はありません。そこで、小官は傭兵たちの手を借りて簡易的な砦を築くことにいたしました」


 奇妙な緊張感を孕みつつも、報告はつつがなく進んだ。アデライド宰相に協力してもらって作った報告書を読み上げるだけだから、仕事としては簡単だ。たっぷり時間をかけて報告を終え、後は予定通り僕の昇爵手続きに入る。

 前回はここで、オレアン公が異を唱えた。しかし今回は、誰も口を挟まない。次期オレアン公……イザベルのほうも、むっすりと口をつぐんでいる。そのまま、何の問題もなく僕は貴族としての階位を女爵から城伯(子爵相当の役職だ)に上げた。

 感慨深いといえば、感慨深い。この世界に転生してからずっと、僕は独立領主になることを目標に行動してきた。なにしろ領主は独自の軍事権を持ってるからな。ヒト・モノ・カネの都合がつく限り、好きに軍隊を編成することができる。ミリオタからすりゃ夢のような環境だ。


「卿の類稀なる活躍に敬意を表し、赤竜勲章を授与する。前に出よ」


「は、有難き幸せ」


 陛下に呼ばれた僕は、周囲を密かに警戒しつつゆっくりと玉座へ歩み寄る。その瞬間だった。謁見の間の正面扉が乱暴に蹴破られた。全身鎧に剣や槍で完全武装した兵士たちが、室内になだれ込んでくる。

 静寂で満たされていた謁見の間は、一瞬で阿鼻叫喚に包まれた。男官が悲鳴を上げ、貴族たちが口々に困惑の言葉を吐く。近衛騎士たちが集まって、陛下の周囲を固めた。


「鎮まれ!」


 そんな状況で、一人冷静に叫ぶ女が居た。イザベルだ。


「ここは我々が制圧した、抵抗は無意味だ。有象無象どもは、余計なことを考えるなよ!」


 あいつら、マジかよ。内心そう吐き捨てる。そりゃ、今の謁見の間にはガレア王国の中枢を担う人間のほとんどが集まってるわけだからな、狙うならこのタイミング以外にないだろう。純軍事的に考えるなら、だが。


「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか!」


 近衛騎士の一人が叫んだ。イザベルは、引きつった笑みを浮かべてそれに答える。


「謀反だよ。わかっているさ……!」


 しかし、政治的に見れば悪手も悪手だ。ここで陛下の身柄を押さえたところで、なんの大義名分も立たない。いくらオレアン公が大貴族だといっても、これでは味方に付く貴族などいないだろう。上手いやり方は他にいくらでもあるはずだ。連中はいったい、どういうつもりでこんな雑な真似をしたのか……僕には理解できない。

 そんなことを考えているうちにも、敵兵たちは得物で貴族たちや近衛騎士を牽制しつつズカズカとこちらへ近寄ってくる。謁見の間では、誰であっても武装が禁止されている。例外は王の身辺を守る近衛騎士のみ。しかし、敵の数は明らかに近衛たちより多い。不味い状況だ。


「あの装備……連中は王城の衛兵どもだな」


 慌てた様子でこちらに寄ってきたアデライド宰相が、敵兵たちを指さした。たしかに、敵兵が装備している甲冑には衛兵隊のマークがついている。本来なら警備する側である衛兵隊が、王に弓を引いたわけか。なんとも、まあ……。


「衛兵隊や王軍の中にはオレアン公の息のかかった人間が大勢いる。これは不味い事になったかもしれんな……」


「我ら近衛騎士団にそのような輩はおらん。安心されよ、アデライド殿」


 僕の近くに居た近衛騎士の一人が、肩をすくめながらそう言った瞬間だった。窓を割って、またも武装した一団が室内に突入してきた。しかし、そのサーコートに描かれている紋章は火を吐く赤い竜。ガレア王家の家紋だった。近衛騎士団、ガレア軍の精鋭中の精鋭たちだ。万が一に備え、僕たちが用意していた部隊である。


「残念ながら、準備は無駄にならなかったようですね」


「本当に残念だよ。まさか、あのオレアン公がな……しかし、敵となったからには容赦はせん! 総員、攻撃開始! 王の御前で狼藉を働く不埒者どもに、身の程を教えてやれ!」


 近衛騎士はそう叫ぶと、腰から剣を抜いて敵兵たちへ襲い掛かった。

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