第34話 くっころ男騎士と言い訳

 僕の作戦は見事にうまくいった。一般人に扮した男娼たちにそれとなく促された傭兵たちは一斉に奮起し、工事の進捗は一気に進むことになった。もっこやエンピを担いでキビキビ歩いている傭兵たちをみて、僕は笑みを押さえられない。


「バッチリだ」


 人間、異性の目があるところではついつい無駄に気合を入れてしまうものだ。男娼たちには、しばらく現場に逗留してもらうよう依頼している。そうしないと、傭兵たちはあっという間になまけ始めるだろうからな……。

 しかし、なんとも複雑な気分だ。僕が童貞をいつまでも捨てられない一方、傭兵たちは仕事が終われば天幕でオタノシミをしているんだからな。もちろん、そうなるように手配したのは僕なんだけど……。


「……」


 ため息を吐きたくなったが、ぐっと我慢。指揮官は兵の見ている場所で下手な態度を取ってはいけないんだよ。真面目くさった顔をしながら、仕事を続ける。

 指揮官とは言っても、椅子にふんぞりかえって部下をアゴで使っていればそれでヨシ、とはいかない。物資の調達、人員の配置、傭兵や騎士たちの間で発生したトラブルの仲裁、各部隊に割り振る仕事の調整、進捗の確認……やるべきことはいくらでもある。落ち着いて食事を取る時間すらない。


「なんとかなりそうだな……」


 しばらく続いた激務の日々だが、その甲斐あって防衛線はおおむね完成といっても構わないくらいの状態まで持っていくことが出来た。街道を割るようにジグザグの塹壕が掘られ、土塁が積み上げられている。グルグル巻きになった有刺鉄線も縦横無尽に張り巡らされていた。見れば見るほど、壮観な景色だ。


「ああ、アル殿。お疲れ様」


 防衛陣地を確認していた僕に声をかけてきたのは、ヴァレリー隊長だった。彼女も僕と同じようにあちこちを駆けずり回っているのか、顔には明らかに疲労の色がある。服も土埃まみれだ。


「そちらこそ。いや、助かるよ。君たちの頑張りのおかげでなんとかなりそうだ」


「最初はひどいもんだったがな」


 ヴァレリー隊長は薄く笑い、小さな声で言った。


「あんたが男どもを手配してなきゃ、どうなってたことやら」


「さすがにバレたか」


 僕は肩をすくめた。男娼を呼ぶのはにわか仕込みの応急策だ。多少のボロが出るのは仕方がない。わかる人間ならばすぐに気付かれてしまうだろう。

 傭兵たちの士気は下がっているようには見えないから、ヴァレリー隊長はまだこの事実を部下に伝えていないようだ。少し笑って、岩陰を指さす。


「まあ、言い訳させてほしい」


「別に、アタシはあんたを追求しようとは思ってないがね」


 皮肉気な笑みを浮かべつつも、ヴァレリー隊長はおとなしく僕についてきた。掘り返して出てきた土やら岩やらはその辺に適当に捨てているので、身を隠せそうな場所はいくらでもある。


「一つ聞きたいんだが、この策はあんたが考えたのか?」


 岩陰に腰を下ろしつつ、ヴァレリー隊長が聞いてくる。僕は、何と答えるべきか思案した。彼女は騙されたことに憤慨している様子はないが、内心不愉快に思っている可能性は十分ある。なにしろ詐欺みたいな真似をしてるわけだからな、こっちは。


「……ありていに言えば、そうだ。はっきり言って外聞が悪いからな、こういう手は。部下たちにはちょっと知られたくない」


「まあ、そりゃそうだよな。アタシみたいなのならまだしも、アル殿は男の騎士だ。男娼なんかに仕事を頼んだってだけで、口さがない連中は大騒ぎするだろう」


 訳知り顔でヴァレリー隊長は言う。女性優位社会であるこの世界では、当然女性に一夜の夢を提供するサービスも広く普及している。小さな町にも、売春宿のひとつや二つはあるものだ(今回僕が仕事を依頼したのもカルレラ市のそう言ったお店だ)。

 とはいえ、性風俗業が卑賎な仕事扱いされることは、この世界でも珍しくはない。男騎士というお堅い仕事をしている僕がそっちの業界に関わるのは外聞が悪かったりする。風俗通いしてる騎士なんて珍しくないのに、ひどいもんだよな。この辺は、男と女で扱いが大きく違う。


「とはいえ、ほかにいいアイデアもなかったんだ。許してほしい」


「だから、あんたを追求する気はないって言っただろ」


 ヴァレリー隊長は苦笑して手をひらひら振った。


「確かに町息子が応援に来たってのは噓かもしれないが、要するにタダで男娼をおごってもらってるようなもんだろ。これに文句をつけるなんて、贅沢だぜ」


 町息子……ようするに、町娘の男バージョンだな。僕としては、いまだにこの辺りの言い回しには違和感を覚える。


「そう言ってもらえると助かるよ」


「それに、男のあんたにはわからないだろうが、女ってのは性欲がたまってくるとロクなことをしないんだ。粗暴になったり、問題行動を起こしたりな。そこらの一般人を襲い始める前に、しっかりとしたプロに処理してもらった方が後腐れがなくていいさ」


 いや、わかる、わかるよ。すごくよくわかる。


「食事、睡眠、男……この辺りは特に、出来るだけ抑圧しないほうがいい。臭いものに蓋をして解決した気になっても、いずれ内圧が高まって爆発する。これを管理できる形で解消してやるのも、指揮官の仕事だと思ってるよ」


 兵隊やってる限り、シモの問題からは逃れられないからな。ここから目をそらしてはいけないというのは、前世の将校養成課程でさんざん念押しされた。貞操観念が逆転したこの世界でも、そのあたりに変わりはないだろう。


「……驚いた。アル殿、あんた実はめちゃくちゃ若作りだったりしないか? あんたくらいの年齢じゃ、普通そこまで頭が回らねぇと思うんだが」


「に、二十になったばかりだが……」


 さすがにちょっとドキリとした。前世も合わせれば、僕の人生経験もなかなかに長い。残念ながら女性経験の方は一回もないが。まさか転生者であることがバレたわけでもないだろうが、ズルをしているような気分がして落ち着かない。


「それが本当なら、あんたはなかなかの傑物だ。誇っていいぜ、先輩であるアタシが太鼓判を押してもいい」


 ニヤリと笑って、ヴァレリー隊長は僕の肩を叩いた。


「気の利いた上司ほどありがたいものはない。あんたがアタシらを裏切らない限り、こちらも誠意をもって仕事をしよう。極星に誓ってな」


 極星というのは、まあ文字通りこの世界における北極星だ。この大陸における最大宗教、星導教の信仰対象となっており、彼女の言葉はいわば「神に誓う」と言っているようなものだ。


「それはありがたい。せいぜい、見限られないよう頑張らせてもらう」


 そう言い返した時だった。遠くから「アル様! いらっしゃいますか!? アル様!」という大声が聞こえてきた。ソニアの声だな、これは。ヴァレリー隊長に会釈してから、岩陰から出ていく。


「こっちだ!」


 めったなことでは大声をあげないのがソニアだ。軽い要件ではないだろう。案の定、走り寄ってきた彼女が口にしたのは、重大な報告だった。


翼竜ワイバーンが帰還いたしました。ディーゼル伯爵軍らしき隊列がリースベン領に向かっているのを確認した、とのことです」


「来たか……」


 僕は唸った。いよいよ、開戦の時が近づいているようだ。 

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