僕の歩く道

wazzwallasis

僕の歩く道

じゃあな、達者で暮らせよ。暖かな言葉をかけられて、春の日差しの中、僕は歩き出した。桃太郎さんはまだ未練がありそうだったけど、僕の心は決まっていて、だから桃太郎さんはもう何も言わず、笑って僕を送り出してくれた。


犬のやつは姿が見えない。きっと家の中にこもって、おばあさんのところで泣いているんだろう。僕のすることにいちいち口を挟んでうるさいやつだったけど、僕が一緒に暮らさないで家に戻ると告げた時には泣いてくれた。ライバルって大切だ。犬からはそれを教わった。


ちょっと歩いてから振り返ると、キジはまだ羽を振ってくれている。最初から最後までよく分からないやつだったけど、不思議に僕らは気が合った。あの少し慌てたような喋り方で、時々様子を見に飛んで行くからと言ってくれた。僕はそれを楽しみにしている。


ああでも、それまでには今の暮らしをなんとかしなくちゃ。僕は桃太郎さんと鬼退治に行くまでは、本当にひどい暮らしをしていたんだ。明日が見えなくて、昨日の自分に苦しんで、今をどうしたらいいか分からなかった。


でもこの旅で僕は少し変わった。桃太郎さんがくれた信頼、犬との競争、キジがくれた友情。鬼たちだって話せばわかる奴らだった。鬼たちとこれからの約束事を決めてから、僕らは彼らの裏表のない性格を知った。とても気前が良い気持ちのいいやつらだったな。僕らが帰るときに、山ほどお土産をくれたっけ。


僕は変わった。世の中にはいろんな人がいて、それぞれ少しずつ譲り合い、許し合って暮らしている。それを知ったから。


家に向かい歩く僕の腰の袋の中で、おばあさんがくれたキビダンゴが小さく揺れた。


僕も許せる人になりたい。強くそう思う。


・・・


声をかけて戸を開けると、大勢がキッと僕を睨んだ。僕の心は傷んだ。しょうがない。それだけのことを僕はしたんだ。


怒りの顔に取り囲まれながら、僕は寝床に横たわる姿に近寄った。お母さんガニの顔色はまだ悪かった。僕は彼女に青柿をぶつけてしまった時の自分の心が信じられない。僕の身勝手な苛立ちの結果。それがお母さんガニと子供達を今もなおこんなに苦しめている。


「帰れよ、お前の顔なんて見たくねえ」


子ガニの誰かが叫んだ。お母さんガニは僕から目をそらした。


いたたまれない。僕の足はすぐにこの場から走って逃げ出したいとうずうずしている。でも僕は僕を変えたい。まず、ここから始めると決めていたんだ。


(桃太郎さん、犬、キジ、僕に勇気をください)


「これを食べて欲しいんだ」


僕は持ってきたキビダンゴを子ガニのひとりに渡した。


「すごく力が出るんだ。怪我とかもすぐに治る」


「お前の言葉なんか、誰が信じるかよ!」


子ガニは僕の手からキビダンゴの袋を叩き落とした。袋は音を立てて足元に落ちて、いくつかが袋の口から転がり出した。キラキラと金色に輝く、おいしそうなダンゴ。子ガニたちは一瞬それを見つめたけど、次にはその中のひとりが転がったダンゴを踏みにじった。ダンゴはあっけなく形を崩して、土間のホコリにまみれた。


おばあさんが心を込めて僕のために作ってくれた、おいしいダンゴ。


僕は黙ってしゃがむと、袋を拾い上げ、そして潰れたダンゴを口に入れた。誰かがはっと息を呑んだ。ダンゴはひどい味がした。けれども僕はこんなことでおばあさんの真心を貶めたくはなかった。


誰も口を聞かなかった。僕はダンゴをなんとか飲み込むと、黙ってもう一度、袋を差し出した。


「もらっておあげ」


お母さんガニの声がした。


・・・


秋の日差しの中を僕は走っている。僕が走ると、背負った袋の中で作りたてのキビダンゴが朗らかに揺れた。


僕たちみんなで作ったダンゴだ。


・・・


僕があげたダンゴを食べて、お母さんガニの具合はすぐに良くなった。僕はもう一度心から彼らに謝って、それから相談をしたんだ。


このダンゴを、ここで作りたいんだ。


みんなの力が欲しいんだ。


それが僕の本当の願いだった。桃太郎さんのところで感じた、暖かな支え合い、いたわり、友愛。ダンゴはそれの象徴だった。僕はそれを自分の手で作ってみたかった。


僕には力がない。けれど今、僕は自分が欲しいものを知っている。


黙っていた子ガニたちは、お母さんガニの笑顔に背中を押されて、一人ひとり、袋からダンゴをとって食べた。僕はただひたすら心で祈っていた。


「…マキビかな」

「いや、少しウルチが混ざってる」

「くそ、いい砂糖使ってやがるな」

「この舌触りだと、七分搗きってところか」

「ああ、食感が楽しいよな」

「この形見ろよ、ホレボレする」


次第に声は熱をもった。お母さんガニはニコニコ、子供たちの様子を眺めている。それから僕を見て微笑み、うなずいた。僕は泣きそうになった。僕の願いは、味にうるさいカニたちの協力なしにはできないものだったから。


うつむいて目を押さえていると、背中をバアン!とはたかれた。


「いつまでメソメソしてやがる!」

「お前、これを俺たちに作れって言ってんだろ?」

「じゃあ、さっさと顔を上げやがれ」

「そして一走り、仲間に声をかけに行ってこい」

「お前はすばしっこいところしか取り柄がないんだからな!」


僕にも仲間が作れるだろうか? 一瞬、不安が心をよぎった。


(桃太郎さん、犬、キジ)


でも、試してみたい。強くそう思ったんだ。


「分かった!」


僕は腹の底から声を出した。子ガニたちが僕の剣幕にギョッとして、お母さんガニがまた微笑んだ。


それからは話が早かった。秋のキビの刈り入れまでに、作り方を決めておかねばならない。蜂の蜜の加減、臼の搗き具合、子ガニたちの判断は一つ一つが的確だった。味の決め手は栗だった。囲炉裏でじっくりと甘く焼いた栗は、ダンゴの味を支え、他にはない風味を与えた。ばふんをすき込んだ畑でキビは秋に穂を重くして、僕らは僕らの成功を確信した。


僕らが作った、キビダンゴ。


妙なことを始めたなと周囲から気にされていた僕らだったから、おいしいキビダンゴができた噂はあっという間に広まって、初回から売り上げは上々だった。


今ではもう、カニの家は食べ物に困ることはなくなった。みんな毎日、好物の泡盛を飲んでは顔を赤くしている。


時には僕のうちでも飲む。みんなは酔っ払うと、僕のひどかった態度をからかう。僕は恐縮して、けれど心から、昔の自分の滑稽さを笑うことができた。


「ほんとにもう、どれだけお前の家に押し込んでやろうと思ったか」

「みんなで相談してたんだよな」「なあ」


臼も、蜂も、栗も、ばふんも大きくうなずく。また泡盛が回される。


「でも、お前は変わったよ」「ああ、変わった」「なあ」


僕はただ、黙って泡盛を飲んで、顔を赤くしている。そうして、辛くも回避された僕を襲撃する計画が面白おかしく披露されるのを笑いながら聞いている。


「パァン!」


酔った栗が騒いで、また笑い声が上がる。


・・・


そうして今、僕は僕たちの作ったキビダンゴを持って、秋空の下を走っている。


桃太郎さん、犬、キジ。僕はあなた達に会って変わる事ができた。


住処から逃げ出すようにしてお供になった僕を見て、あなた達はすごく心配してくれたけど、でももう大丈夫。


今の僕を見せたい。僕の喜びを聞いてもらいたい。そしたらあなた達は喜んでくれるだろうか。


「いやあ、すごくウキウキしてるぞ、顔が赤い」

「いや、調子に乗るとこいつは失敗するから」

「数字が苦手で、騙されやすいから心配よ」


僕は僕の勝手な思い込みで、目をそらしたり、言いたいことを言わなかったり、人の声を聞かなかったりしてきた。けれどそんなことはもうしないのだ。


僕には信頼できる仲間ができた。それをあなた達に伝えるのを、こんなに待ち遠しくしている僕がここにいる。


ああ早くあなた達に会いたい。


道は最後の峠を越えた。あとはもう下るだけだ。彼方に懐かしい屋根が見える。


山道をゆく僕の足はますます早くなる。


僕の作ったキビダンゴを、どうか食べてください。


あなた達が僕にくれた真心へのお返しです。


僕の胸の中に、ダンゴを食べたおばあさんの微笑む顔が浮かぶ。


そして、きっとおじいさんは大袈裟だから、


「いよっ、日本一の、キビダンゴ!」って、派手にはしゃぎまくるんだろうな。


そう思うと僕は、おかしくて仕方なかったんだ。


(おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の歩く道 wazzwallasis @wasswallasis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ