第10話 騙されているのは誰か?

 夜。

 0団専用の大浴場に入り、ゆったりとした時間を過ごすティアナ。彼女以外には人はおらず、貸切状態だ。


「ほぅ……」


 身体にお湯をかけ、ぼーっと天井を眺めている。


「ティ〜アナっ!」


「きゃっ! ル、ルディーさん!?」


 そんな時、お湯に浸かるティアナを背後から抱きしめたのは、先ほどまで酒場にいたルディー。

 頬は少し赤く、相当飲んだのだろう。


「あはは、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかった。身体を洗ってくるからちょっと待ってて」


 その後、身体を洗ったルディーもお湯に浸かる。


「ふぅ……女子4人には広すぎる浴場よねぇ」


「そうですね。男子の方はユベルさん1人になっちゃいましたから、あっちの方がもっと広いかも……」


「確かに。いっそのこと混浴にしちゃう?」


「こ、こ混浴!? そ、それは……」


「ふふっ、冗談よ、冗談。全くティアナはムッツリさんなんだから。今、真っ先にユベルの裸を思い浮かべたでしょー」


「え、そんなことは……っ」


「じーっ」


「……。ちょっとだけなら………考えました」


「顔を赤くして可愛い〜。訓練中もすぐに脱ぐユベルの上半身をチラチラ見てたもんねぇ〜」


「う、うぅ……」


「まぁ見たいのは分かるよ。腹筋割れてて見応えあるし、綺麗だしー」


「も、もう! ルディーさん、からかわないでくださいっ!」


「ごめんごめん〜」


 そんな会話を、湯船に並んで浸かりながら交わす2人。仲がいいのが分かる。


「そういえば、今日のユベルの発言にはビックリしたわねぇ。まさかゼロ団を抜けるなんて言うなんて……」


「そうですね……」


 ティアナは頷きながら、横目でルディーを見つめた。


「あ、これユベルから言っちゃダメって言われたけど、ルディーは口が硬そうだし教えるわね。実はユベル……彼女と別れちゃったからあんな事言っちゃったんだってさ」


「……っ。そ、そうなんですかぁ。ユベルさんが彼女さんと別れたから……」


「うんうん。でね、アタシ誤魔化すのとか苦手だから直球に聞いちゃうけど……ティアナ、アンタが別れるように仕向けたの?」


 そう聞かれたティアナはひざの上で両手をぐっと握りしめる。

 それに気づいたルディーは確信を持った。


 ぽちゃんぽちゃんと雫が落ち、数秒経つ。


 誤魔化しや否定があると思ったが、ティアナは諦めたように、小さく頷いた。


「……そっかぁ。正直に答えてくれてありがとう。まぁティアナがしなくても、彼女がいるって発覚したら、他の2人も別れさせようとしただろうからそんな気にしなくていいよ」


 軽く俯くティアナを尻目に、ルディーは身体にお湯をかける。


 どうやって別れさせたのかは聞かないようだ。

 いや、聞かなくても分かっていると言った方が正しいだろう。


「……でも逆に言えば、ユベルを不幸にして、あの2人を幸せにしたんだよなぁ」


「……っ」

  

「幸せにした」という言葉に反応したのか、表情を歪めたティアナ。


 ルディーは構わず言葉を続ける。


「明日からユベルは2日間休暇。その間、ユベルが小型発信機をつけた男のアジトに乗り込む。レイネの情報だと、蛇の刺青が腕にあったらしいわ」


「っ、それは私が依頼した男と同じ刺青ですね……」


「やっぱり同じ組織だったのね。ちなみにそのことは知ってて依頼したの?」


「いえ。適当にそこら辺にいたので誘いました」


「なるほど。まぁ明日にはレイネとシーラがその男も葬り去るでしょう。でもここで問題があるの」


「……問題?」


「ええ。浮気相手の男は潰せても、元カノは無傷。ましてや、他の男に乗り移ったり、ユベルに復縁を迫る可能性もあるかも……」


 ティアナの耳元で囁くように、まるで教え込むように話す。


 ティアナの顔が不安に染まった。

 

「雑草って抜いても抜いても、また生えてくるじゃない。それは地面の上の葉や茎を苅っても、地面の下に茎や根が残っているから。ある時間が過ぎると芽を出し、新しい葉を広げるの」


 最初は意味が分からなかったティアナだが、次の言葉で理解した。


「つまり根源を潰さない限り、また生えてくる。だからね、私と一緒に元カノをあげない?」


「分からせる……?」


「そう、分からせるの。その程度の想いでユベルと付き合っていたこと。簡単に別れるような軽い女にはきつーくね」


 ふふっと笑ったルディー。しかし彼女のその笑顔は長くは続かなかった。


「……アタシたちがこんなに好きな相手をあの女はあっさり捨てた。金とユベルを天秤にかけたの。 ―――許せないよね……?」


 ルディーの手がティアナの肌を撫でる。まるで本心を伺うように。


 そう囁かれたティアナは、全身がどくんどくんと脈打った。

 

「……だったのに」


「ん?」


「私の方が先に好きだったのに、あんな女を選ぶなんて……ユベルさんが可哀想だった」


「うんうん」


「だから目を覚まさせようと、わざと別の男を接触させた。だって、このままいけばユベルさんが騙され続けたままでしたから」


「うんうん」


「けれど、もう一度あの女を恨むことになりました。ユベルさんが傷ついたことと……私たちの片想いを嘲笑うかのように彼と別れたこと」


 険しい表情を浮かべて話すティアナをルディーは優しく抱きしめた。


「じゃあ明日から2日間……頑張ろっか、ティアナ」


「はい、ルディーさん」


 

  

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