第6話 小悪魔≠弱い

「ワンコ先輩のざーこ♡ よわよわだんちょー♡」


「あ?」


 護衛対象であるケテルテ領主を部屋で待っていると、レイネがそう煽ってきた。


「怖ーい。朝の威勢はどこにあったんですかぁ〜?」


「お前なぁ……」


 まぁレイネが励ましの言葉をかけてきたら、それはそれで違和感があるけど。

 俺が元カノに別れを告げられたのが原因で、辞めるなんて言ったと知られたらさらに煽ってきそうだ。

 

 すると、不意に扉が開いた。


 護衛対象のケテルテ領主だ。

 何も言わず、ドスンッと豪快にソファに腰を下ろす。


 禿げ上がった頭。生活態度が物語っている肥満体。

 身に纏っているものは流石お金持ちといったところ。全てが一目で高価な物と分かる。


 鼻くそをほじり、態度が悪い人だということは明白だが、誰に対しても接待はしっかりしなければ。


「今回護衛を担当します、第0騎士団、団長のユベル・アスカルトです」


「同じく第0騎士団のレイネ・シャーロットです」


 挨拶を終えると、領主は分厚いまぶたに覆われた目を細め、ニヤリと口角を上げた。


「そこのお嬢さん、ちょっとこっちにおいで」


「私ですか?」


 手を招かれたレイネは領主の方に移動すると……


 もにゅん


「きゃっ!」


 いきなりレイナの尻を鷲掴みにした。


「ほう、中々の尻だな。ほら、もっと揉みやすいようにこっちに寄れ」


 セクハラも甚だしい発言である。


「いやーん、セクハラですよーっ」


「ホッホッホ。今日の娘は随分といきがいいなぁ〜。気に入った。これからは指名制で呼んでやるぞ」


 ……なにこの光景。


 領主が後輩の尻を揉むという異妙な光景を俺は立ったまま見せられていた。


「おっほぉ、︎スンスン……身体もいい匂いだ……」

 

 息を荒くして、レイネの身体に顔を近づける。


 部屋は涼しいにも関わらず、ケテルテ領主は汗まみれであった。

 中に着ているワイシャツにはじっとりと汗が染み込んでいる。


「グフフ……これは堪らん……」


 手はいつの間にか、レイネの尻から足の付根や太ももを撫で回すことに集中していた。


「あはは、領主様へんたーい」


 当の本人は楽しんでいるのか、されるがままになっている。


 今のレイネは表情だけではなく、吐息や赤い頬、身体から曝け出される雰囲気そのものかがエロい。


 それが領主のセクハラ行為を加速させる。


 助けた方がいいけど、レイネだしなぁ……。

 自己解決できるので手出しは無用だ。


 そういや、この間の任務で2番隊の団員が2人くらい同伴したが、しょっちゅうトイレ行ってきますと言ってたな。


 全く……鍛錬が足りない奴らだ。


「あーそれと、君はもう帰っていいよ」


「……はい?」

 

 長々と放置しといて、結局それかよ。

 あとは2人で楽しみたいから、邪魔者の俺には去って欲しいのだろう。


「君は帰れと言っているんだ。それとも評価を下げて欲しいのか?」


 勝ち誇ったような顔をされる。


 権力がある上級国民たちは、担当した聖騎士について、口出しすることができる。

 例えば態度が悪かったや任務内容に納得いかなかったとか。

 最悪、聖騎士団を辞めさせられる場合もある。


 つまり、自分の機嫌次第でどうにでもなると優越感に浸っているのだ。


 自分たちのことを護るのは当たり前。

 むしろ、性欲の方でも楽しませる性騎士と勘違いしている者もいる。

 この領主は後者の部類だ。


 だが、俺が脅しに屈するとでも?

 こっちは聖騎士脱退する覚悟できてんだよ。


「どうぞお好きに。俺は後輩を置いていく訳にはいかないので」


 動じない態度が気に食わないのか、舌打ちをした。

 

「ワンコ先輩にはそういう脅しは効きませんよ〜」


「ワンコとな……! クッフッフ……それほどまで落ちぼれた奴なのかっ」


 面白いことを聞いたとばかりに、頬を緩めて笑う。


「あー、俺のことはバカにするなり、罵るなりしてもいいですから、早く今日の予定を……」


 苦笑いを浮かべて話を流す。

 よほど面白いのか、ずっと笑っていて話が進まない。


 このオッサンめんどいなぁ……。


「――何を笑っているのですか?」


「えっ?」


 先程の猫撫で声とは違うレイネの低い声が部屋に響く。

 その変貌ぶりにケテルテ領主はポカーンと呆気に取られていた。


 レイネは鼻で笑い。


「私以外の人がワンコ先輩を嘲笑うなんて……そんなこと許した覚えないですけど。第一、先輩は落ちぼれていないですし、貴方の何倍もカッコよくていい男です」


「……レ、レイネちゃ——」


「黙れ、汚らしい。軽々しく私の名前を呼ばないでください。はぁ……――ケルちゃん」


 レイネがそう呟くと、背後から3本の影が伸び……


 ガブッ


 ケテルテ領主の右腕を丸呑みした。


 ブチ、ブチブチ


 肉が千切れる音。

 骨ごと引っ張られている。

 不思議なことに血は出ていなかった。


「あへ?」


 ゆっくりと自分の右腕に視線を送るが、何もない。

 何故なら、腕は綺麗に根元から無くなっているから。


「ぇ、ぁ、ぅ、ぁ、ぁあああああああああああああ──ッ!?」


 腕が根こそぎなくなりパニック。

 無くなった右腕を見つめながら、何を言っているか分からない言葉で騒ぎ立てる。


「ケルちゃん、次はどれ食べたい? 頭? 胴体? 足? それとも全部?」


 竜の尾と蛇のたてがみ、3つの首をもつ巨大な怪物が食べ足りないと、領主から目を離さない。


 このままじゃ、全身喰われてお終いだろう。

 たくっ、コイツは……。


「レイネ、やり過ぎだ」


「む、まだやり過ぎっていう範囲じゃないですよ」


「これ以上騒がれて外部の人間が来たら面倒だろ」


「確かに……ケルちゃん一旦ストップね」


「ガルルゥゥゥゥゥ」


 お預けを食らったケルベルスは不満そうに鳴いている。

 

 ケテルテ領主は腰を抜かし、ケルベルスを恐怖が満ちた顔で見上げていた。


 レイネが今、使っているのは【神護】という力だ。

 神護は入団試験に合格した者に授けられる特別な力で、更なる高みを目指すために聖騎士団で特訓している。


 レイネの神護は【冥府の怪物ケルベロス

 

 魔獣、ケルベルスを自由自在に操ることができる。


「ヒィッ……なんだよ……この化け物は……」


「さっきまで嬉しそうにお尻を揉んでいた美少女の可愛い相棒を化け物扱いとは……。酷いと思いませんかワンコ先輩?」


「ああ、酷いな」


「だから食べていいですか?」


「それはダメ。つか、理由がぶっ飛び過ぎ」


「だってケルちゃんたち、最近全然食べてないんですよーっ。だ・か・らー、このおじさん、食べちゃっていいじゃないですかぁ〜」


「俺たちの任務はこの領主の護衛。殺してどうする。イラつくのは分かるが、早く腕を治してやれ」


「ぶー。分かりましたよー」


 ケルベロスが再び巻きつくと、ケテルテ領主の腕は元通りになった。


 ケテルテ領主がホッとしたのも束の間。


「き、貴様ッ! ワシにこんなことしてタダで済むと思ってるのかッ!」


 レイネに怒号を浴びせる。

 

「てか、もうただで済んでないんですけど」


「生意気なガキめッ。今謝ればその身体で責任を取ってもらうだけで——」


「脱税、使用人に対する横暴、強姦、さらには幼女監禁。……わぁ、悪事ばっかり〜」


「なっ!?」


 何故それを知っているとばかりに分かりやすく反応した。


「こんな殺されて当然の領主様を私たちが護ってあげるって言ってるんだから〜……さっさと今日の内容教えてよ。早く終わらせてか帰りたいから」


 ゴミを見るような目で見下ろすレイネ。

 俺の気持ちも弁解してくれていて、ちょっとスカッとした。


 まぁ、任務が終わったら牢屋にぶち込む予定だけどな。


 ケテルテ領主はレイネの背後のケルベロスに怯えながら、青ざめた顔を縦に振った。

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