第5話 それが負けヒロインの幼馴染

 バタン

 

 ユベルの部屋を出たシーラはぐっと瞼を閉じて開く。

 宝石のような瞳は涙で濡れていた。


「ユーくん……」


 あんなに落ち込んでいる姿を見たのは初めて。

 しかも彼女がいたことには驚いたが、別れたとなれば、何も問題はない。


 だが……


『……浮気されて傷つくくらいなら、恋なんてしないほうが良かった……ッ』


 浮気。

 ユーくんが浮気されて捨てられたのは許せない。

 恋なんてしない方が良かった。

 そんなことを思われたらこっちが困る。


(感情的になって少しが出てしまったけど……ユーくんは気づいていないだろう)


 シーラは細長い廊下を歩き出す。

 しかし、すぐに止まった。


「――出てきていいよ」


 誰もいないはずの静まり返った廊下で、そう呟く。


 すると……


「ありゃりゃ。やっぱり気づいていましたか」


 物陰から人物が現れた。

 ふわふわと軽くパーマした淡いピンク色の髪が特徴的な少女、レイネ・シャーロットだ。


「ちなみにいつから気づいていました?」


「ユーくんが部屋に入っていた時には扉の後ろにいたでしょ」


「当たりでーす。流石というか、まぁ0団の団員ならこのくらいの人物察知は朝飯前ですもんね。私も突入しようかなと思ったんですけどー、あんな姿見せられたら入れないですよ〜」


「そう」


「ふふ、クールモードのシーラ先輩もいいですね」


 今のシーラの声は朝の甘えるような可愛らしい声ではなく、聞くだけで背筋が伸びるような、ハッキリとした低い声。


 これが彼女のもう一つの顔。


 あまりのギャップに風邪を引きそうだ。


「別にユーくんの前だけ媚びてるわけじゃないから。たまにはこうやって落ち着かないと」


「その姿は私しか知りませんからご安心を。……言わなかったんですね」


「何を?」


「私が彼女になってあげるーって」


「……言えるわけないでしょ。彼に今必要なのは『愛情』じゃない。『同情』だもの」


「なるほどなるほど。でも――その優しさが後悔を生む。優しくしてれば勝ちなんていう恋愛は存在しません。特に先輩の場合は」


 レイネの言葉にシーラは彼女から視線を外す。


 幼馴染

   

 幼い頃から仲が良い人、あるいは物心ついたときからの顔馴染み。

 誰よりも長く隣にいる存在。


 逆を言えば、長く隣にいるからこそ、新鮮味が無く、中々進展に至らない立場。


 誰よりも知っているからこそ、支える事はできる。


 しかしながら、その優しさは依存を生み、幼馴染は都合のいい存在化。

 やがて幼馴染ではなくいい親友ポジョンに成り下がる。


 『幼馴染』なのに『親友』な倒錯。


 要するに——幼馴染は近すぎた知りすぎたのだ。


 背格好は変わっても関係はまるで変わらない。

 いつまでも幼馴染。

 恋敵ライバルが増えるほど、幼馴染は不有利になる。


 昔から変わらない優しさが彼の背中を押し、結果、他のヒロインと付き合うことになった時。


『好きな人の幸せが一番』

 

 頬に涙を溜め、そう言い聞かせている。

 

 自分の気持ちを伝えずに、好きな人の幸せを願う。

 そんな綺麗事で幕を閉じる。


 だから――幼馴染は負けヒロインなんて言われるんだ。


 シーラは浅く息を吸い、無表情を取り繕う。


「……私、レイネちゃんのことは基本的に好きだけど、そういうところは苦手かな」


「私はシーラ先輩の全部が好きですよ。なんか私と同じ匂いがしますし」


「……」


「そんな怖い顔をしないでくださいよー。私、シーラ先輩なら半分譲ってもいいと思ってますから〜。で、どうします? 元カノさんを炙り出して成敗しちゃいます?」


「それはやらない。過去の女のことなんて興味ないし」


「わぁお! 私も同感です。まぁ他の人たちに任せておけばやってくれそうですもんね〜」


「そうだね。レイネちゃんは今日、ユーくんと任務でしょ」


「はい。新団長と新米聖騎士の2人っきりの任務です」


「……2人っきりねぇ。煽りすぎには気をつけて。ユーくんは今、感情が混乱しているだろうから」


「分かってますよー。私なりに優しく接してあげます」


「そう。じゃあ私は別の任務があるからこれで」


 ふわりと髪を靡かせ、シーラは去っていった。その背中を見届けたレイネ。


「それにしてもワンコ先輩に彼女がいたとは……。これは少し、お仕置きが必要ですねぇ」


 そう言って、不敵に笑った。


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