第4話 幼馴染≠甘えん坊

 生きていくには金を稼がないといけない。

 金は仕事をしないと手に入らない。

 騎士団は王都直属の部隊なので、それなりに給料はいいが……


 ……ぶっちゃけもう働きたくない。


 なんかそう思ってしまった。


 無職になりたいって訳ではなく、この聖騎士団で働きたくないという意味。


「ユベル」


 沈黙を破ったのはレオンさん。


「——何をバカなことを言っている」


「っ……」


 やっぱりそうだよな。

 彼女と別れたっていう理由で聖騎士団を抜けるなんて——


「……なんて野暮なこと、僕が言うと思った?」


「えっ……」


「どこかの騎士団に移動するって訳でもなく?」


「あ、はい……騎士団自体を抜けます」


 レオンさんは、数秒考え込んだ後。


「ユベル、お前に明日から2日間の休暇を命じる。これはレオン団長からの最後の命令だ。何があったかは無理に聞かないが……まぁ休め。そうすれば少しは落ち着くし、気分も変わるだろう。一旦、脱退の件は保留な」


 ニコッと微笑み、そう提案してくれた。


 ――男としての格が違う。

 

 顔の良さ、筋肉のつき方、オーラ、そして——団員一人一人のことを真剣に考えてくれている。


「……分かりました。それでお願いします」


 ああ、この人には敵わないわ……。



「ユーくん!」


「シーラ……?」


 朝風呂を終え、部屋に戻ると、幼馴染のシーラがパタパタと駆け寄ってきた。


 また勝手に部屋に入りやがって……。


「ユーくん、さっきの聖騎士団辞めちゃうって……ほんと、なの?」


「っ、ああ……」


「なら、私も辞める!」


「ダメだ。シーラはここに残れ」


「やだ! ずっとユーくんの傍にいるもん……!」


「俺がいなくてもだな——」


「やだ! だって、だって……っ」


 目に涙を溜めながら、必死に俺のシャツを握るシーラ。


「ねぇ、なんで抜けちゃうなんて言ったの……? 何か辛いことでもあったの? もしかして……私が原因? 私いつも付き纏っているから……」


「シーラが原因じゃないよ。それ以外で……」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、ベッドに座ると、シーラは俺と向かい合うように、膝立ちで身を寄せてきた。


「お願い……本当の理由を教えて……」


「……」


 切なそうな声音で呼び掛けられる。

 シーラのこんな悲しい顔、長年一緒にいるが、久しぶりに見た。

 

 俺のことでシーラを悲しませるわけにはいかない……。


「……シーラ。他の人に俺が聖騎士団を辞めようと思った理由、絶対言わない?」


「え、う、うん……言わないっ」


「……本当に?」


「う、うん! 言わないよ! 私、ユーくんに嫌われることしないもん……!」


 そっか、と言って俺はシーラの頭を撫でる。


「俺、彼女がいたんだけど……昨日、突然別れようって言われてさ……。そりゃビックリするほどこっぴどく。それで落ち込んで、傷ついて、ああ、もうダメだってなって……。あはは……メンタル鍛えられているはずの聖騎士なのに、彼女と別れたから抜けようなんて、どんだけ弱いんだよって感じだよな……」


「……ユーくんに……かの、じょ……しかも捨てられたって……」


 苦笑いを浮かべ、シーラの方をみると、何やらボソボソ呟いていた。


 それを尻目に言葉を繋げる。


「ハハッ、情けないよなぁ。あーダメだ。こんなの俺らしくない。よしっ、今度はあんな女の子よりもずっと可愛くて、ずっと優しい彼女を作れるよう頑張るわ!」


 落ち込んでいるのなんて俺らしくない。

 レオンさんも休んで切り替えろって休暇くれたし——


「……だっさ」


 シーラの口から一言。

 励ますのでもなく、元気付けるのでもなく、そんな言葉が漏れ出した。


 ——はぁ? だっさってなんだよ。


 唖然とシーラを見つめる。


「頑張りたくないのに『頑張ろう』って自分に無理矢理言い聞かせて……。そんなの『切り替え』じゃない。『洗脳』だよ」


「そんなことッ!」と反論しようとしたが、声が出ない。


 だって、図星だから。


「ダサい。ダサすぎる……ダサすぎるから元気、ダサすぎる笑顔、ダサすぎる我慢……」


 怒ったように言葉を吐き出したと思えば、濡れた俺の顔に指を伸ばし、


「……まだ頑張れるは、黄色信号なんだよ」


「っ……」


 視界が歪む。

 あー、髪が肌に張り付いて気持ち悪い……水滴も垂れてきてるし……。


 …………。


 ……クソッ、なんでだよ、なんで、なんで押し殺したはずの感情が湧き出てくるんだよッ。


 彼女に酷い別れ方をされて、一人で泣いて。

 思い出して、辞めたいと弱音を吐いてみんなに迷惑かけて。


 幼馴染に見透かされて、怒られて……。

 

 あー……俺って、だっさッ……。


「あとその引きつった笑顔を私に見せないで。凄く不快だから」


 顔をよほど見たくないのか、グイッと身体を寄せられ、俺はシーラの胸にうずくまる状態になる。


「そんな偽物の笑顔、見せないで。それ以外はなんでもしていいから……ね?」


 優しい声が耳に届く。

 その言葉が引き金となり、


「……うっ、くっ……あっ……」


 顔をぐちゃぐちゃにして、しゃくり上げるように涙を流す。


 あー、あーあー……。

 

「……浮気されて傷つくくらいなら、恋なんてしないほうが良かった……ッ」


 我慢してきた本音をシーラに漏らし、泣きまくる。


「うんうん。辛い思いをしたんだね……」


 子供のように泣きじゃくる俺をシーラはあやすように背中を優しくさすってくれる。


「……どうしてそんなに、優しいんだよ……」


「優しいのはユーくんの方だよ」


「俺は……優しくなんて、ない……」


「ううん、優しい。超超超、ちょーっ優しい。ユーくんが自覚がなくて当然だよ。だって……君の優しいは全部、私が独占しちゃってるから。一番隣にいる幼馴染が知って貰っているから。……ごめんね、優しさを独り占めして」


「俺は、俺は……」


「無理して話さなくていいよ。ゆっくりでいいから。私は都合のいい女でいい。いつでも帰ってこられる温かい場所、それが幼馴染でしょ?」


 黙ってシーラの話を聞く。


「何かあったら私のところにきて」


「いつでも話を聞くから」


「私がずっーっと傍にいるから」


「だからね……」


 ここでシーラの言葉が止まった。


 ズズっ……。


 上から鼻を啜る音が聞こえる。


「ごめんね、なんか涙が出てきちゃったから……ユーくんの相談、聞くの辛いや。明日でいいかな?」


 俺の涙なんてとっくに枯れた。

 今度は彼女が泣いている。


「ごめん……俺のせいで……」


「ううん。大丈夫だよ。でもこれだけは覚えといて。人はね、大切な人が無理して笑って、泣いている時が一番辛いんだよ」


「……うん」


「だから、溜め込まないで相談してね」


 背中を撫でる手が止まり、俺はシーラから離れる。


「……とりあえず私、ユーくんを捨てた元カノさんのことは大っ嫌いかな」


 えへへと、端に涙を溜めて笑うシーラ。


 確かに……見てて辛いな……。


「また明日、君のお話を聞かせて……ね?」




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