第十三話 脱走

「大人しゅうしとけ、化外もん! 」

 俺は両手を後ろ手に縛られ、洞窟のような場所の牢に押し込められた。明かりはなく暗いが、入口の方からの光で辛うじてぼんやりと周りが見える。

 檻は機械虫の部品を使っているようで、押してみると多少は前後に揺れる。だが、端はがっちりと岩に留められており外せそうな代物ではなかった。当然スリングも球も取り上げられているので、烈火球で焼いたり溶かすようなことも出来ない。

 肩の骨を外して通り抜ける芸当が出来るような奴もいるそうだが、俺にはそんなことはできないし、檻は格子ではなく不規則に部品を繋いであって隙間が狭い。赤ん坊であろうと通り抜けることはできなさそうだった。

 外には椅子があって恐らく看守が使う物のようだが、今は無人だった。誰かがここに詰めていたのかもしれないが、そいつまで外の戦いに駆り出されたようだ。

「やれやれ……ひょっとしたらこうなるんじゃないかとは思ってたが……まさか本当にこうなるとはな。しかももう化外者扱いかよ」

 俺をここに押し込んだ奴の口ぶりからすると、化外者、つまりデスモーグ族はかなり嫌われているらしい。それに秘密という事でもなく、下っ端の奴でも知っているようだった。それだけ遺恨が深いという事なのだろうか。

 三か月前に聞いたアレックスの話では、最初のデスモーグ族は数百年前に苦しい生活を送っている民を助けたそうだが、ボルケーノ族もその当時の関係者だったのかもしれない。となると数百年以上の付き合いというわけだ。モーグ族も同様なのだろう。

 ボルケーノ族とモーグ族は不可侵という話だったが、ひょっとすると過去に小競り合いがあって、その結果として不可侵という約定を結んだのかもしれない。

 全ては虫の鍋のせい……なのだろうか。ボルケーノ族もモーグ族もこのカイディーニ山に住んでいる。ひょっとするとデスモーグ族もそうなのかもしれない。ここが住みよい所なら集落が近くても不思議はないが、こんな岩だらけのやせた山だ。理由がなければ、虫の鍋がなければ、好き好んでこんな山には住まないはずだ。

「青い目の虫……何をしようとしているんだ?」

 今この火の切っ先アトゥマイの集落を狙っているのは青い目の機械虫、つまり、アクィラの力で操られた虫ということだ。そんな事をするのはデスモーグ族だけだろうし、やはりアクィラも一緒にいるという事だ。ジョンが生きているのかどうかはともかく、少なくともアクィラは生きていたわけだ。奴らは虫の鍋という旧世界の施設を手に入れるために、性懲りもなくアクィラを利用しているようだ。

 アクィラが生きていて嬉しい……という気持ちより、デスモーグ族への怒りが強かった。お前たちはまだアクィラを利用する気なのか?! ふつふつと怒りが湧きあがってくる。

 なのに、アクィラが近くにいるかも知れないというのに、俺は手を縛られてこんな牢の中だ!

 この集落に着くのがあと三十分遅ければ、ひょっとしたら集落の外でアクィラを見つけられたかもしれないというのに。今からでも走っていきたいが、しかし牢の中ではどうにもならなかった。腹立ちまぎれに檻を蹴とばすが、僅かにたわむだけだった。

 微かにだが、外の音が聞こえる。人の声……怒号のような声だ。アトゥマイ氏族はいくさ慣れしていそうだが、青い目の機械虫となると別だろう。しかも大群で押し寄せてきていた。

 虫の鍋を狙うためだろうか? あるいはアトゥマイの連中自体を殺すつもりなのか。

「くそっ! 俺は一体ここに何をしに来たんだ!」

 グダグダと考えていても何にもならない。外に出なければ。しかし……どうすればいい? あの筋肉だらけのアトゥマイが作った牢なのだから、俺が力でどうにかできる訳がない。こんな事ならスリング球を隠し持っておけばよかった。

 俺は何とか自力で牢を壊すことにした。幸いにも誰もいないから、何をしても止められる心配はない。

 俺が牢の部品を蹴とばし始めて数分が経った。一向に壊れる気配はなく、代わりに俺の足が壊れそうだった。

「くそ……駄目か……」

 諦めるわけにはいかなかったが、こいつばかりはどうにもなら無そうだった。外の戦いが終わるまで……どのくらいだろうか。長くて数時間。それが終われば俺を尋問する気のようだから、逃げるならその時か。逃げられるのか? 生粋の戦士であるアトゥマイの連中を相手に?

「おい、お前がウルクスか」

 薄暗い闇の中で声が聞こえた。足音に気付かなかったが、入口の方を向くとうっすらと人影が見えた。

「……ああ、俺がウルクスだ。ここから出してくれ! 俺はデスモーグなんかとは関係がない! 戦士が必要なら、俺も戦う事が出来る!」 

 俺の訴えには答えず、人影は檻に近づいてくる。

「ザルカン様の使いだ。お前をここから出してやる。外の戦いに乗じて逃げろ」

「何?!」

 俺が困惑していると、外の男は牢の鍵を開け戸を開いた。俺は信じられない気持ちで外に出る。

「ザルカンの使い……あいつに頼まれたのか?」

「捕まる可能性があるから、その時は折を見て逃がしてやってくれと。通常ならここから逃げ出すのはかなり困難だが、幸いにも看守も外で戦っている。急ぐぞ。これを身につけろ」

 牢の鍵が開き、俺は兜と毛皮を手渡された。それと、スリングと俺の荷物だった。着物はザルカンが羽織っていたものに似ている。これでアトゥマイの振りをしろという事か。

 俺は兜と上着を身に着け、男に続いて洞窟の外に出る。肌の色が明らかに違うから、近くで見られたらばれそうだ。しかし、見る限りでは近くに人はいなかった。遠くから戦いの音が聞こえるが、皆そこに集まっているのだろう。ここからではさっきの黒塗りの館や小屋が邪魔で見えなかった。

 男は俺に目配せをして走り出した。俺はそれについていく。坂を下ると視界が開け戦いの様子が見えた。

 機械虫たちは集落の入口の門や柵を破壊し雪崩れ込んできたようだ。群れの大半は入口周辺で押しとどめているようだが、突出した数匹の昆虫が集落の中央付近まで入りこんでいる。機械虫の総数は、ざっと四十程だろうか。既に殺された虫もいるようだが、激しい戦いが続いているようだった。

 殺到している機械虫の目はやはり青く、時折大きな爆発が起きていた。機械虫が死んだのではなく、恐らく内部に封じられていた旧世界の兵器を機械虫が使っているのだろう。

「おい! 虫にはよく襲われるのか!」

 走りながら前の男に聞くと、少しして答えがあった。

「せいぜい月に一度だ! しかしこんな大群は今までにない!」

 月に一度と言うと、俺が住んでいたアキマでもそんなようなものだった。群れからはぐれたり、腹をすかせた機械虫が町に入りこむ。だが大群というのは、普通はあり得ない。せいぜい数匹のアリくらいのものだ。このカイディーニ山でもそれは変わりないらしい。

 しかし目が青いのだから、今この集落を襲っているのはアクィラの機械で操られた虫だ。普通の虫の習性は関係ないのだろう。複数の種類の虫の寄せ集めで大群になっているようだが、自然にそんな風にはならない。普段は群れないはずの虫を集めて人を襲わせる。アクィラの機械は、自然の摂理さえ変えてしまうようだった。

 前を走る男が右に曲がり、岩の陰で足を止めた。

「ここからまっすぐ進めば外に出られる。柵を乗り越えていけ」

 指さす方向には柵があったが、近くに岩場があり、そこから跳んで越えていけるようだった。

「それで俺は……無罪放免って訳じゃないんだよな? ひょっとして追われることになるのか?」

「そうなるな。お前には嫌疑がかかっていたが、脱走したことで罪人となった。外でザルカン様が待っているはずだ。せいぜい我らに見つからぬように動いて合流しろ。兜と上着は置いていけ」

「あ、ああ……」

 これじゃ濡れ衣もいい所だ。本当に機械虫を手引きしたかのように思われることだろう。だがアクィラが近くにいるかも知れない千載一遇の機会を逃すわけにはいかなかった。

 もし捕まっていなければ、ひょっとすると今頃はアクィラを見つけられていたかもしれない。集落にさえ来なければ……そうも思ったが、しかしそもそもザルカンについてアトゥマイの集落に来ていなければ、ここで機械虫の群れに遭遇することもなかった。何もないセティマの森を歩き回っていたはずなのだ。そう考えればここに来た価値はある訳だ。罪人扱いはきついが、こうなった以上はやるしかない。

 この三か月間何の手掛かりもなかったが、ようやく手が届きそうなところにやってきた。あとはアクィラを見つけるだけだ。そしてさっさとこのカイディーニ山から逃げるとしよう。

「恩に着るぜ……名前は」

「知らなくていい。行け」

 男はそっけなく言い、俺が脱いだ兜と上着を持って来た方向へと走り去っていった。

「なら、俺も行くか」

 機械虫との戦いは気にかかるが、ここは幸いにも戦士の村だ。俺一人が加勢してもしなくても変わりはしないだろう。汚名をそそぐとすれば一緒に戦う事は意味があるかもしれないが、問答無用でまた捕えられればここまで来たのが水の泡だ。

 それに、俺の目的はアクィラだ。あいつが戦場に来ているのなら、今なら見つけられる可能性がある。一刻も早く向かわねばならない。

 俺は言われた通りの方向を走り、柵を越え集落から抜け出た。ザルカンが待っているそうだが、奴に聞けば戦場までの道案内は頼めそうだ。そして、アクィラを見つける。モーグ族に会うのはその次の手段だ。

 ようやく……ようやくだ。ようやくお前の影が見えた。お前の記憶がどうなっているのか分からないが、俺は約束を果たす。お前を故郷に帰す。待っていてくれ、アクィラ。






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