第24話「炎の飛燕④」

ここは……

冒険者ギルド内にある広大な屋内闘技場……


今……

ひとりの魔法剣士と頼りなさそうな少年が対峙している。


魔法剣士は冒険者ランクSの超上級ランカーで、

ギルドマスターたるミルヴァ・ラハティ。


線の細い少年は冒険者志望のディーノ・ジェラルディである。


これから、冒険者ランク判定の『実技試験』という名の下に、

一見したら、無謀すぎる戦いが、幕を切って落とされようとしていた。


剣聖と称され、歴戦の勇士たる『炎の飛燕ほのおのひえん』ミルヴァ。

対して、未だ冒険者にもなっていないデビュー前の未熟なディーノ。


ランク判定試験の模擬試合とはいえ、このふたりが戦おうというのだから……

勝負自体は見えていた。

常識的に考えれば、ランクSのミルヴァが素人のディーノを瞬殺して、

即、試合終了のはずである。


だが、飛竜亭の店主ガストンが認識したように……

ディーノは幼い頃の線が細かった少年とは全く違う。


ステファニーから受けた鬼のような『しごき』と、伝説の魔法指輪装着で見違えるくらいビルドアップしていた。


居酒屋ビストロ飛竜亭において、悪徳冒険者のパンチを喰らいながら全くの無傷。

逆に相手を『ワンパン』でかる~くノックアウトした、未知の実力。

その未知の実力で、剣聖ミルヴァの攻撃をしのぎ、どこまで食い下がれるのか?


見どころがある試合?かもしれない。

まあ、見守る観客は審判も兼ねたサブマスターのブランシュだけなのだが……


ギルド所属の冒険者になる為の実技試験を行う前にはルールの取り決めがあった。

行動不能か、降参まで戦いが終了しない事。

攻撃魔法の一切を使用不可とする事。


但し、行動不能といっても殺し合いをするわけではないし、

形勢不利と見たら、降参する者が圧倒的に多い。


そして使用する武器は条件を同じくする為、

ギルドから貸与される同タイプの練習用を使う。

最も多く使用されるのが軽度の雷撃を付呪エンチャントし、

刃を潰した模擬魔法剣なのだ。


当然ミルヴァの必殺技、ふたつ名の由縁となった魔法剣、

『炎の飛燕』も完全に封印という事になる。

  

ディーノは深呼吸すると、ロランの形見であるペンタグラムを触り、

次いでルイ・サレオンの魔法指輪をした右拳を固く握りしめた。

そして、おもむろに雷撃剣を抜き放ち、中段に構える。


一方、ミンミも雷撃剣を抜き放ち、こちらは上段に構えた。


いよいよ戦いが始まる。

 

「はじめっ!」


審判役のブランシュから放たれた試合開始の号令と共に、

まずはディーノが駆けた。

人間離れした素晴らしい速度で、一気に距離を詰める。


ミルヴァの使う神業的剣技と比べれば、ディーノの剣技は著しく劣る。

その為、魔法指輪の力で大幅アップした身体能力を使い、

ほんの僅かな勝機を見出すしかない。


加えて秘した『禁断の技』をディーノは使おうとしていた。

ケルベロス召喚?

否!

ここでそのように目立つ『方法』を使えるわけがない。


では一体何なのか……何を使うのか?

その答えはすぐに出た。


突進して来たディーノの一撃を、ミルヴァはまるで計ったかのようにバックステップしてかわした。

そしてすぐさまカウンターで反撃する。

予想出来た展開だ。


しかし、異変が起こった。

ミルヴァが難なく避けたのと同じように、ディーノも彼女の一撃をかわしたのである。


……全くの想定外である。

これにはミルヴァ当人は勿論ブランシュも驚いた。 

 

一撃を躱せたのは、ディーノが立てた秘策が功を奏したからである。


もし聞かれても敢えて種明かしはしない……

ミルヴァには内緒にしておこう。

と、ディーノは思った。


「ほう、面白い」


攻撃を躱され、ミルヴァの美しい菫色すみれいろの瞳が妖しく光った。

彼女は少しだけ、『本気』になったようだ。


と、ここで間を置かず、ディーノから鋭い突きが繰り出される。


「うおっ!」


ミルヴァはその一撃を何とか躱したが、思わず声が出た。

驚きの声である。

予想以上なディーノの剣速に驚嘆しているのだ。


瞬間!

ミルヴァの表情が一変した。

今度は怖ろしく真剣な顔付となっている。


「いやややああっ!」


ミルヴァは再び剣を振るう。

これまでの剣速とは段違いの速さである。


だが、ディーノはこの剣撃もあっさり躱した。


「むううっ!」


何発か当て、ディーノが「参った」と言ったらすぐ終わりにする。

当初ミルヴァはそう考えていたようだが、所詮予定は未定。

思うように中々行かないのが世の常である。


「とおおりゃっ!」


「せえええいっ!」


この後、ミルヴァは数え切れないくらい剣撃を繰り出したが……

ディーノから致命的な電撃を一発喰らってしまう。

対してディーノに当てたのは、結局たった3発だけ、それも完全なヒットではなく、かすった程度であった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


1時間後……

場所は変わって、またもギルドマスター室。


実技試験が無事に終了し、安堵するディーノ。

引き換え、仏頂面のミルヴァ。

 

結構本気を出したのに……

デビュー前の少年と引き分けに等しい勝負をしたのが気に入らないのだ。

ちなみにミルヴァは超が付く負けず嫌いである。


ディーノが見る限り、今のミルヴァには今迄のようなクールビューティさがない。

まるで勝負に負けた子供のようにねている。


こんな時に苦労するのが、補佐役サブマスターのブランシュである。


「まあまあまあ、マスター、落ち着いて。ディーノさんのランク判定、今回に関しては冷静に公平にお願いしますよ」


「今回に関しては? ブランシュ、私はい・つ・も……冷静で公平です」


「でも……お怒りからか、こめかみに血管がはっきり浮き出ていて、頬がぷくっと不満そうにふくらんでもいますよ」


「はぁ? こめかみに血管? 頬がぷくっと?」


「はい、鏡をご覧になればお分かりになると思いますが、マスターのお顔は、無理やり餌を取られた栗鼠りすみたいになってます」


「私が? 無理やり餌を取られた栗鼠ぅ?」


「はい、腹ペコのいらいらした栗鼠そっくりです」


「ううう~、ま、ま、まあ、栗鼠なら可愛いから許しましょう。けど、いらいらなんか絶対にしていないわ」


「わ、分かりました、ではそういう事で、ディーノさんのランク判定をお願いします」


「あ~っ! では、そういう事でって、さりげなくしれっと流したわね! 何よ、ブランシュ!」


……そんなこんなで、大騒ぎ……

否、なごやかな雰囲気の中、ディーノの冒険者登録は終了した。


それで肝心のランクといえば、特例のランクCと認定された。

通常、一般的な冒険者は最も低いGか、それに次ぐFで認定され、登録される事となる。


ディーノは、ミルヴァとほぼ引き分けた実技試験が考慮され、ランクCとなったのである。

それも少し実績を積めば、ランクBとなれるという。

上級ランカーの仲間入りが出来るとブランシュにも言われ、ディーノは素直に嬉しかった。


「うふふ、ディーノ君、めでたく夢への第一歩を踏み出したってわけね」


「は、はい!」


「でも今日のケリはいずれ必ず付けましょう、きっちりね」


「は、はい!」


「貴方の身のこなし、攻撃は勿論だけど……防御が一番凄い。まるで私の心を先読みしたように、かわしていたわ」


「え?」


ドキッとした。

ディーノは秘密を……

すなわち『読心魔法』を行使したのを見抜かれているのではないかと思う。


しかしミルヴァはすぐに笑顔を見せる。


「ふふ、冗談よ、そんな特別な魔法やスキルは、まだ駆け出しの貴方に使えるわけがない」


「ま、まあそうですよね」


良く見れば……口元に笑みは浮かべているが、ミルヴァの目だけは笑っていない。

 

もしかしたら……

口ではそう言いつつも、ディーノが持つ秘密の力を半ば見抜いているのかもしれない。

 

さすが……ランクSのギルドマスターである。


「うふふ、ディーノ君、これで貴方は正式にギルド所属の冒険者となったわ。これから頑張ってね!」

「私もマスターと同じく! ディーノさんの夢、大いに応援しますよ」


「あ、ありがとうございますっ!」


機嫌が直ったミルヴァは勿論、ブランシュからも温かいエールを送られ、

秘密がばれるのかとびくびくし、ぎこちなかったディーノは、ようやく晴れやかに笑ったのである。

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