38.精霊術師、窺い見る


 あれから、俺はエリスとティータを連れて風の洞窟ダンジョンまで来ていた。


 大型の蜂のモンスター――バイティングビー――のドロップ品、大きな針を30個集めるという、D級の依頼をこなすためだ。


 あと、別の目的もある。ドルファンが不穏な動きをしていて、なおかつこの洞窟へ向かったってことでどうしようか迷った結果、元所属パーティーの【天翔ける翼】を助けようと思ったんだ。


 もちろん、あそこに戻るつもりなんてさらさらないが、彼らをこのまま黙って死なせるのはなんか違う気がした。ただの善意ってわけでもなく、俺がいなくなってから鉄壁じゃなくなって苦労してるだろうし、生きることでその痛みと後悔をもっと味わってほしいっていう気持ちもあるんだ。


「レオンー、そよ風~」


「……涼しいわね、レオン」


「あ、あぁ、そうだな」


 俺は前のパーティーにいたときに一度だけここに来たことがあって、そのときは強風のあまり中々前に進めなかったのに、孤高の指輪とティータの無の鎖のおかげで、俺たちは微風の中をスイスイと歩くことができていた。エリスやティータなんてあたかも踊るような足取りだ。


 よく考えたら、俺だけ炎の鎧や孤高の指輪を装着してても、身体能力向上や速度向上の効果は彼女たちにも乗るわけだからな。


 やがて、洞窟の中心部分である分かれ道まで辿り着いたわけだが、俺たちにとってはほとんど無風状態だった。これならモンスターもサクサク倒せそうだな……。


『『『『『――ピギャアアァァッ!』』』』』


 案の定、微風状態で湧いてきた巨大蜂たちは、俺たちにとって格好の的でしかなかった。その上、素早さを無効化してしまえば、低い位置にある風船を杖で叩く行為に等しい。


 強風を上手く利用するこのモンスターは、風に乗ることで不規則な動き方をするので凄く厄介だったんだよな。だから両手斧使いのファゼルの空振りが目立って、倒すのにやたらと時間がかかったのを鮮明に覚えている。そのあと雑用係の俺が八つ当たりで責められる羽目になったんだ。


「あ、レオン、誰か来るよー」


「……全部で四人ね」


「遂に来たか……」


 って、四人だって? それじゃ一人足りないような。確か【天翔ける翼】は、俺が抜けた時点で五人パーティーだったはずだが……まあいい。このタイミングならあいつらでほぼ間違いない。


 というわけで、エリスに俺たちの姿を消してもらい、ティータの無の鎖で透明パーティーとなった。


 お、ファゼルたちが挙ってやってきたが、こちらに気付いている様子はまったくない。強風に苦労してきたらしく、みんな髪や服装が乱れている……って、盗賊のルーシェの姿が見当たらないし、ファゼルの左手がなくなってる……? なんか、俺が思ってた以上に苦労してたっぽいな。俺を追い出したことの結果だし、あまり同情はできないが……。


 それでも、戦士ファゼルは片手斧を巧みに使い、素早い蜂を次々と落としていた。結構成長したんだな。以前は全然当たる気配がなくても向きになって大振りしていたのに。


 その中でドルファンは怪しげな動きが目立っていて、ちらちらと後方を確認していた。やはり、ソフィアの言う通りならず者たちと通じていて、己の悪行がバレる前にファゼルたちを始末しようっていう魂胆らしい。


「あれ、あのおじさん……」


「ん、あのおじさんって……エリス、知ってるやつでもいるのか?」


「うん、レオンの友達ー!」


「え……友達? 誰のことなんだ?」


「あのねえ、確かー、ドルファンって名前だった! レオンの親友なんだって!」


「…………」


 あいつ、いつの間にエリスに接触したんだ……って、まさか、喫茶店の前から失踪したあのときなのか。ドルファン自体、単独でウロウロしてたみたいだしありうるな。さすがはベテランの詐欺師、油断できない……。


「あいつとはもう親友同士でもなんでもないから、今後は近付かないように」


「えぇー!? う、うん。喧嘩でもしたんだね……」


「あの人……なんだか、邪悪そう」


「ははっ……」


 ズバッとドルファンの特徴を言い当ててみせたティータと違い、エリスは純粋だからな、詐欺師と相性は抜群なんだろう。ただ、いくらそうとはいえ、彼女は別次元の無垢さだからドルファンでも苦労したはずだ。


 ファゼルの奮闘が続く中、やがて不穏な空気が漂い始める。どうやら鑑定士レミリアがならず者たちの存在に気付いたようだ。


 俺の予想通り、屈強な体つきの男たちがやってくるなり、ファゼルたちを取り囲んだ。


 あ……しかも、マールの魔法で氷柱が周囲に立てられ、ファゼルたちはそこから逃げられない状況になった。あいつもドルファンの味方だったのか……。


 ファゼルたちを助けることになるなんて、複雑な心境ではあるものの、そろそろ動く頃合いだな。


「エリス、あの氷柱を無効化してくれ」


「はぁーい」


「そこまでだっ!」


 氷柱が消えるとともに、俺は力の限り叫んだ。

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