24.精霊術師、重ねられる


 自分は人間ではないという衝撃的な告白のあと、俺はソフィアから過去を打ち明けられることになった。


「楽の精霊である私は、とある精霊術師様と仮契約状態でしたので、その方をお待ちしておりました」


「なるほど……。やっぱり、ソフィアさんが待ってたのは神殿のような場所なんですかね?」


「いえ、冒険者ギルドです」


「え、えぇっ……」


「レオン様、意外でしたか?」


「か、かなり……」


「ふふ……」


 というか、感情の精霊なんて精霊術師の俺でも初めて聞いたし、契約できる場所が神殿じゃなくてギルドみたいな特殊なところなのもわかるような気がする。


「じゃあ、ソフィアさんは小さいときからずっと受付嬢をしてたってことですか?」


「正確に言うと、目覚めたんです」


「目覚めたって……普通に生きてた人間の中に、いきなり精霊が宿ったってことですか?」


「そんな感じですね。元々、両親や身の回りの方々から不思議な子だとは言われていましたから。受付嬢として仕事をしていて、自分が精霊だとわかったときもあまり動揺とかはしなかったです。ただ、目覚めてからはこのギルドから出られなくなっちゃいましたけどね」


 そうか。本契約しない限り、精霊は精霊にとって相応しい場所に縛られ続けるんだったな。それは俺も知っていることだ。


「ってことは、ソフィアさんは仮契約状態の精霊術師と本契約しなかったんですか?」


「はい、しませんでした」


「え、どうして――」


「――その方に拒まれたんです」


「えっ……」


 これまた意外だ。熾天使を拒む強者がこの世の中に存在するとは……。


「その精霊術師様は、レオン様にそっくりな方だったんですよ?」


「ご、ご冗談を……」


「それが、本当なんです。私は楽の精霊ですから、自分と同じ気質の方としか契約できないようになっていて、その方はレオン様のように優しくて穏やかな方だったんです」


「優しいっていうか、俺はただ単に臆病なだけなんですけどね……」


 いい人タイプっていうのは人に嫌われることを極端に恐れるから、いいように誰かに利用されてしまうんだ。かつて元所属パーティーで雑用係だった自分みたいに。


「傷つくことが怖いというのは、それだけ繊細であることの証ですよ。あの方もそういう方でした。私と本契約して行動を共にすることによって、傷つけてしまうことを恐れたのです」


「なるほど……でも、俺でも拒むかもしれないですね。ソフィアさんが怪我でもしたらと思うとゾッとするし……」


「ふふっ。こう見えて、楽の精霊は意外と役に立つんですよ? 喧嘩している冒険者たちを止めたり、暴動を起こした民を宥めたり、襲ってきたモンスターの興奮を抑えたりして、火種を消すことができます。相手の怒りの度合いが激しくなければの話ですけどね」


「へえ……」


「あと、危険が身に迫ったときに、事前に知らせることもできます。ただ、あの方はそれを説明しても、あくまでも僕は一人でいたいし、そのほうが楽だからと仰って本契約を断ってしまったんです……」


「そうなんですねえ」


「はい。かつて、仲間の方々に裏切られてしまったとのことで、手紙が残されていて、それで知りました。それと、お酒の飲みすぎで病が進んでいてもう長くないからと、一人にさせたくないという理由で私との本契約を断ったのだそうです」


「…………」


「これから、ギルドで自分のような薄幸な人を見かけたら、支えてやってほしいと。私はその遺言を守り、ここで受付嬢の仕事をしてまいりました。レオン様は、その方によく似ておられます。ですから、専属の受付嬢としてお仕えしたいのです……」


 俺にその人の姿を重ねているのか、ソフィアの目に光るものが浮かぶのがわかる。楽の精霊から零れる涙は、見る者の魂を揺さぶるのに充分な威力があった。


「同じ精霊術師といっても俺は俺ですし、その人の代わりにはなれないと思いますけど、それでもいいなら……」


「はい。私はレオン様のこともお慕いしていますし、その言葉はとても嬉しいです……」


「ソフィアさん……」


「レオン様……」


 俺はソフィアとしばらく見つめ合ったあと、エリスの不満そうな顔が脳裏に浮かんできて我に返った。


「エリスさんのことが心配ですか……?」


「あ、い、いや、別にそんなわけじゃ――」


「――大丈夫ですよ。私はレオン様にとって2番目の女でもいいですから」


「ソ、ソフィアさん……からかわないでくださいよ……」


 さすが、ソフィアさんは楽の精霊というだけあって落ち着き払っている。


「ふふっ……からかったつもりはないですけどね。ところで、レオン様、があって……」


「気になること……?」


 ソフィアは一転して真顔になった。何かあったんだろうか……?


「はい。私は平穏の精霊でもありますので、不穏な気配があると胸騒ぎがするのです」


「ってことは……近いうちに何かヤバイことが起こるかもしれないってことですか?」


「おそらく、とんでもないことが……」


「…………」


 楽の精霊――その中でも特に強力なオリジナルの精霊が言うわけだから、俺も段々と不安になってきた。


「ただ、レオン様、これだけは言わせてください。注意するのに越したことはありませんが、恐れすぎてもいけません」


「あぁ、そうだね。これから気をつけるよ」


「はい、それでこそレオン様です」


 俺はソフィアと笑顔でうなずき合った。


「あ、もう一つ、を言うのを忘れちゃってました」


「大事なこと……?」


「はい。このことはレオン様だけでなくエリスさんにとっても、深く関わることだと思います」


「…………」


 俺だけでなく、精霊王のエリスにも関係することなのか。ってことは、予想の斜め上を行くような相当なことなんだろうな……。

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