15.精霊術師、温もりを貰う


「――さあ、目的地に着いたぞ、エリス」


「こ、ここはっ!?」


 エリスがびっくりした顔になっている。


 それもそのはずか、俺たちは別の意味で熱気が溢れる場所にいたんだから。


 そこは、定期的に小気味よい音と火花が調和する工房だった。


「ここはな、鍛冶屋っていうんだ」


「鍛冶屋さん?」


「ああ、武器や防具を作ってくれるところなんだよ。特注品も頼めば作ってもらえる。割高になるが」


「へえ~」


 俺とエリスが話してると、鍛冶師のオヤジが気付いたらしく、区切りの良いところで作業をやめた。


「そこのお兄さんとお嬢ちゃん、わしに何か用かい?」


「あ、はい。まずこれを見てもらいたくて……」


 特注品を頼むといっても、よっぽど良いものでないと職人気質の鍛冶師は承らないが、これなら充分なはずだ。


「うおおっ……! こ、こりゃ、竜の鱗じゃないか……! しかも、逆鱗まであるとは……! 今はここにいねえが、わしの弟子にも見せてやりたかったなあ……」


 逆鱗を含む竜の鱗11枚を見せると、それだけ凄い素材だったのか鍛冶師は目を剥いて観察していた。


「よろしかったら、これで炎の鎧を作ってもらえないでしょうか?」


「ほお、炎の鎧かっ……! よし、わしに任せておけ! これなら二人分作れそうだ」


「おおっ」


 サラマンダーの鱗は1枚1枚のサイズがかなり大きいとはいえ、まさかエリスの分も作れるとは思わなかった。


「レオンー、なんで炎の鎧っていうのを作るの?」


「エリス、次は報酬もいいし氷の洞窟関連の依頼を受けようと思ってな。極寒だけど、それさえ克服できればなんとかなる」


「そうなんだぁー」


 Eランクの依頼の中に、氷の洞窟にいるスノーゴーレムのドロップ品――氷の結晶――を20個拾ってきてほしいという内容のものがあったから、次はそれをやろうと思ったんだ。


 無の精霊の力で寒さを無効にするという手もあるが、その手間を省く意味でも炎の鎧はあったほうがいいと判断した。エリスによると恒久的な物理耐性を除き、一つのものを無効にしている間はそれ以外を無効化できなくなるらしいしな。


 まもなく防具制作の準備が整ったのか、金敷に置かれた竜の鱗が鍛冶師によって叩かれ始める。


 あっという間に素材は引き延ばされ、しっかりと接合されていき、鎧を形作っていった。なるほど、こんな風に作っていくのか。


「「……」」


 鍛冶師の見事すぎる腕前を目の当たりにして、俺とエリスはしばし無言で見惚れてしまっていた。


 ――お、鍛冶師の手が止まった。完成したみたいだ。


「ほい、できたよ。これがアチアチの炎の鎧ね」


「「おおぉっ!」」


 俺たちは出来立てホヤホヤの炎の鎧を受け取り、早速その場で試着してみることになった。


 見た目も真っ赤だし、寒くもない場所で着たらかなり熱いんじゃないかと覚悟していたが、むしろ心地いいと感じるくらいの暖かさだった。それに、なんだか体の底から力が湧き上がってくるかのようだ……。


「それはな、滅茶苦茶寒いところでも普段通り動けるだけでなく、身体能力も上げてくれる優れもんさ」


「それは凄い……でも、お高いんじゃ?」


 炎の鎧が凄く役立つと聞いたことはあるが、まさか身体能力を上げる効果まであるなんてな。ちなみに、こういった特注品に関しては、あらかじめ鍛冶師が決めたお金を客が支払うわけじゃないんだ。


 まず材料を見せ、それで作ってもらいたいものを要求し、出来上がったものと引き換えに客が対価を支払うようになっている。


 それがどれくらいの額になるかは時価のようなもので、両者の気分次第といっていい。それが通じ合わなかったら売買は成立せず、炎の鎧は商品として店頭に並ぶというわけだ。


「特別にタダでくれてやる!」


「えぇっ!?」


「タダなの……?」


 俺はエリスと驚いた顔を見合わせる。まさかタダとは思わなかった。


「ただし、鎧二つを逆鱗1枚と鱗8枚で作ったから、残り2枚はわしが貰うがな。これはかなり良いものだ」


「な、なるほど……」


 そういうことか。よく考えたら鱗10枚で金貨10枚の価値があるんだし、鍛冶師にしてみても悪い話じゃないんだろう。


「ところで、そっちはあんたのガールフレンドかい?」


「え――」


「――そうだよーっ!」


「…………」


 俺が否定する前にエリスが肯定してしまった。その上抱き付かれてるし。


「やれやれ。こっちまで熱くなりそうだぜ。今夜はその子と一層燃え上がるんじゃねえのか?」


「は、ははっ……」


「おじさん、一層燃え上がるってどういう意味ー?」


「エリス、蒸し返さなくていいから。もう行くぞ」


「あ、レオン、待ってよー!」


 俺は鍛冶師の笑い声を背に受けつつ、エリスとともに足早にその場をあとにするのだった……。

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