12.精霊術師、一矢を報いる


「――ぜぇ、ぜぇ……お、終わったぞ、畜生……」


 炎の洞窟ダンジョンにて、戦士ファゼルが汗だくになりながら座り込む。


 今まさにフレイムタートルを100匹倒し終わり、周囲の景色が変わり始めたところであった。


「ヒールッ……! ファゼル君、随分と待たせてくれるじゃないか。正直、のろますぎて失望したほどだ……」


「な、な、なんだと? いくらなんでもその言い方はねえだろ、ドルファン! 俺一人にやらせて、お前はひたすらレミリアたちといちゃついてたくせに――」


「――んー? 僕にそんな失礼な言い方をしちゃってもいいのかなあ?」


 真っ赤な顔で詰め寄ってきたファゼルに対し、凄みのある笑みを浮かべてみせるドルファン。


「あ……すいませんでした。ごめんなさい」


「おい、それだけなのかね」


「ヒールありがとうございます」


「うむ、それでいいのだ。僕こそがこのS級パーティー【天翔ける翼】の実質的なリーダーなのだよ。なあ、君たちもそう思うだろう? マール、ルーシェ、それにレミリア……?」


「うん。マールもそれでいいと思うのお。ああん、そんなにお尻揉まないで、ドルファンさぁん」


「私もドルファン様がリーダーみたいなものだと思うっ。や、やんっ、胸ばかり責めないでっ」


 黒魔術師のマールと盗賊ルーシェが恍惚とした顔でドルファンにしがみつくが、鑑定士のレミリアだけはもじもじするだけだった。


「え、えっと……確かに、ドルファンがリーダーかも……?」


「ん? レミリア、僕がリーダーかもだと? 僕こそ間違いなくリーダーだろう?」


 ドルファンがニヤリと笑いつつ、レミリアの太腿をまさぐる。


「あうぅ……う、うん。あたしも、間違いなくドルファンがリーダーだと思う……」


「ぐ、ぐぐっ……」


 頬を紅潮させたレミリアがドルファンに抱き付く様子を見て、血が滲むほど下唇を噛むファゼル。


 すこし経って彼らがはっとした表情で顔を上げたのは、魔法陣全体が発光したあと地鳴りがしたからだ。このことは、炎の洞窟のボスであるサラマンダーがもうすぐ現れるということを意味していた。


「さあ、ファゼル君、僕の極上の白魔術で補助してやるから頑張りたまえ。スピードアップッ、プロテクトッ……!」


「ど、どうも……って、ボスを俺一人で……!?」


「そうだが、何か不都合でもあるのかね?」


「い、いや、待ってくれ。それはさすがにないだろ!」


「前回も、サラマンダーが突っ込んでくるところをファゼル君がかわし、その斧で削り取るという、実に器用なことをやっていたではないか」


「あ、あれはレオンがボスの動きを予測してくれたから、そういうこともできたってだけ――あ……」


 レオンの名前を出したことで、ファゼルがしまったという顔で言葉を詰まらせ、その場に気まずいムードが漂う。


『ヌオオオオオオオオオオオオオッ!』


「「「「「っ!?」」」」」


 サラマンダーの発した咆哮は、彼らを身震いさせるほどの迫力があり、勢いそのままにパーティーに突っ込んでいく。


「ファ……ファゼル、あ、あ、あれ、激怒状態!」


「は……早く言えっ!」


 鑑定士レミリアの助言を受け、ファゼルが囮に転じて間一髪でかわしたことで事なきを得たものの、猛然と向かってくるボスに対して彼ができるのはそれだけであった。


 サラマンダーによる息をつかせぬ体当たりの連続に対し、ひたすら避けるのみだったのだ。


「どうしたというのだ? ファゼル君、鱗取りはしないのか? 鉄壁パーティーなのだから、当たっても怖くないだろう」


「バカッ……あ、いや、それどころじゃねえんだよ! 通常ならともかく激怒状態で身体能力2倍になってるから、いくら鉄壁でも無事じゃ済まねえ――うおおっ!?」


 またしてもギリギリで回避してみせたファゼル。鱗を取るような余裕は全く見られなかった。


「ふむ……しかしこのままでは、S級の依頼をこなせないではないか。確か、鱗をあと3枚集めるだけでいいのではないのかね? そうだろう、マール?」


「そうだよぉ。あ、それならあ、マールに任せてえ。アイスボール!」


 マールが掲げた杖の上に大きな氷の塊を発生させ、サラマンダーに向けて放った。


『ヌゴオオオオオオオオオオオォォッ!』


「「「「っ!?」」」」


 氷塊は見事命中したものの、激怒状態で炎の勢いが強かったためか鱗は落ちることなく、さらにボスの標的がファゼルからドルファンたちのほうに変わってしまった。


「こ、このクソガキッ、余計なことをっ!」


「ご、ごめんなしゃあああい!」


「さ、避けられそうにないわ!」


「ここは私がっ!」


 ドルファンたちが一斉にサラマンダーの追跡から逃れようとする中、盗賊のルーシェが庇うようにして前に出る。


「よ、よし、ルーシェ、囮になって僕を守るのだっ!」


「はいっ!」


 ルーシェが素早い動きでサラマンダーの攻撃を回避する際、盗むような仕草をしてみせると、その手元に鱗が現れた。


「あ、やった、一枚盗んだっ!」


「お、おい、ルーシェ、あぶねえって! 囮役なら慣れてる俺に代われっ!」


 戦士ファゼルが心配そうに声をかけるが、ルーシェは首を横に振って拒んだ。


「大丈夫だから、私に任せてっ――あ……」


 その直後の出来事だった。ルーシェはサラマンダーの体当たりを回避できず、衝突して大きく宙を舞うことに。


「「「「ルーシェ!?」」」」


 ルーシェの体はそのまま火山から落下し、マグマの中に落ちてしまった。それからまもなく制限時間の5分が過ぎ、ボスが消えるとともに周囲の景色が元に戻っていく。


「う、嘘だろ、ルーシェが死んじまった……」


「そ、そんなあ……」


「こ、こんな最期だなんて……」


「ふむ……。ルーシェよ、実にあっけないものだな」


 冷静な表情のドルファンを除き、ファゼルたちはいずれも呆然とした顔で呟くのであった……。

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